女装した近侍と現代遠征する話

 時の政府からまたしても意図のわからない任務の依頼が届いた。『女装した近侍とともに現代遠征に赴き、そこで起こる怪異を調査してほしい』とのことらしい。しかも対象となっている時代は2020年だという。なんでも不可解な事件が起きていて、その影に歴史修正主義者の手の者がいるかもしれないとかなんとか。
 それはわかったのだが、なぜ近侍が女装する必要があるのか? 依頼の手紙とともに届いた小包の中には、審神者が着る服とともに、刀剣男士用の女装セットが入っていた。短刀ではやや大きく、大太刀や槍では小さすぎるサイズのものだった。女装なら乱藤四郎に頼めばいいと思ったのだが、そうはいかないらしい。
 脇差の誰かに頼もうか。それとも、調査だけなので自分だけで行くか。悩んでいたところ、ちょうど通りかかった物吉貞宗に声をかけられた。
「主様、何か悩んでいるんですか?」
「ああ物吉くん、実はですね……」
 かくかくしかじかというわけで、という説明を終える前に察してくれたようで、「ボクに任せてください」と言ってくれたのだ。
「えっと、まずは服ですね。主様、これを着ればいいんですか?」
「はい。ワンピースタイプの服なので、上から被るようにすれば大丈夫だと思いますよ」
「わかりました!」
 元気よく返事をした彼は早速奥の部屋に引っ込んだ。その間に私自身も服を着替えておく。用意されていた大きな襟のついたピンクベージュのガーリーなワンピースに腕を通す。
 彼は数分後に戻ってきた。薄紫の小花模様が散った白いフェミニンなワンピースに身を包んでいる。彼が男の子であることはわかっているが、ワンピースを着ただけだというのに美少女のように見えるから不思議である。カツラやウィッグなどは使った方が良さそうだが、メイクの必要はなさそうである。もともと肌理細やかな美しい肌をしているからだ。
「どうでしょう、主様。変じゃないですか?」
 照れくさそうな笑みを浮かべた彼に問いかけられてハッとする。いけない、見惚れてしまっていたようだ。
「とても可愛らしくて素敵ですよ」
 私が褒めると彼もまた顔を赤らめて「あ、主様こそ、すごくかわいいです……っ」と言ったあと、恥ずかしくなってきたのか俯きながら頬を押さえ始めた。きみが可愛い。変な虫が寄ってこないように守らなければ……。
 ともかく、お世辞でも褒めてもらえるのは嬉しいものだ。あまり着ることのないタイプの服だったので心配だったが、少し自信がついた私は彼にウェーブのかかった栗色のウィッグをつけると包みの中に一緒に入っていたパンプスとショルダーポーチを渡した。
 ちなみに私はワンピースを着ただけで、あとはいつもどおりの黒髪に黒縁の眼鏡をかけているだけである。
「じゃあそろそろ行きましょうか」
 私たちは転送ゲートへと向かった。
 今回の目的は、2020年に発生している事件についての調査および解決である。また、私たちの他にもう一組この任務にあたることになったため、待ち合わせ場所へと向かうことにした。

 

 集合場所である喫茶店に着くとすでに相手側は到着していたようだった。こちらに気付いた相手が手を振ってきたので会釈して歩み寄る。
「初めまして、山城国の審神者のおかかと申します。こちらは近侍の物吉貞宗です」
「よろしくお願いしますね! ボクも精一杯頑張ります!」
 私たちのあいさつに相手の男性――大和国の本丸に所属する彼は爽やかな笑顔を見せた。
「はじめまして、僕は大和国の審神者の月桂樹と言います。こっちは近侍の鶴丸国永です」
 そう紹介されて手を差し出してきた青年は白銀の髪をした美丈夫であった。金色の瞳には悪戯っぽい光が宿っている。私の本丸の鶴丸国永と当然のように同じ姿かたちをしているが、ほんの少し幼く見えた。なぜだろうと内心首を傾げながら手を握る。
「ところで、月桂樹さんも近侍の鶴丸国永さんも女装ではないのですね?」
 届いた依頼の手紙には女装して潜入してほしい旨が書かれていたのだが、目の前にいる二人はどちらも女装ではなく、ごく一般的な男性の普段着といった感じに見える。依頼に女装の件が書かれていなかったか尋ねると、彼らは不思議そうに顔を見合わせたのち、「え? 書いてなかったけど……」と答えた。
「じゃあ物吉くんが女装する必要性は……」
「なかったのかもしれませんね! でも主様の任務のお手伝いができて嬉しいです!」
 そう言って微笑む彼はその辺の美少女よりずっと可憐だと思った。守らなければ……。
「では挨拶も済んだことですし、早速調査に向かいたいと思います。まずどこへ向かいましょうか?」
 月桂樹さんの問いに対して、私は端末から東京の地図を表示して見せた。
「ここにあるはずのないもの建物があるんです。見てください、変だと思いませんか?」
 衛星写真に切り替えて、その場所を拡大させる。そこには趣味の悪い不気味な謎の塔が表示されていた。場所は東京スカイツリーが建つ一角である。
「うわぁ……これはすごいですね……」
 私の隣に座っていた月桂樹さんが眉根を寄せた。隣にいた彼の鶴丸国永も同様に怪しげなものを見るような目つきになっている。
「確かにこれは驚きだぜ……。一体何なんだこれ」
 ふたりとも困惑している様子だが、気持ちはよくわかる。私も事前調査で見つけたときは驚いたものだ。二度見どころか三度見した。
「さすがにこれはただの電波塔でないかと。ここで時間遡行軍によるなんらかの工作が行われているのではないかと考えているのですが……」
 私がそう言うと、彼らの表情が変わった。どうやら興味を持ってくれたようだ。
「行ってみましょう」
 私たちは席を立つと店を出た。

 とりあえず手分けして聞き込みを行うことになり、私はなぜか月桂樹さんの鶴丸国永と一緒に行動することになった。彼曰く「男女ぺあの方が何かといいだろう?」とのことらしい。離れることとなった物吉くんが少々心配だが、彼はしっかりしているし、何より幸運を呼ぶ脇差なのできっと大丈夫であろうと信じることにした。それに今はそれよりも任務に集中しなければならない。
 とはいえ、まだ何も成果が得られていない状況であることに変わりはないのだけれど……。そんなことを考えつつ歩いているうちに目的地に到着した。
 そこは閑静な住宅街の一角であり、一見すると特に変わったところのない普通の家々が立ち並ぶ場所であったが、よく見ると違和感を覚える建物が一軒だけあった。周囲の他の家とは明らかに異なる造りの建物なのだ。それはまるで悪の組織の秘密基地のような禍々しい雰囲気を放っており、とてもではないが一般人の住む家に見えない外観をしていた。屋根の上に取り付けられた巨大なアンテナのようなものが何なのかはわからないが、それがこの家の異様な雰囲気をさらに強めていることだけは確かだった。
「……これが例の塔ですね」
 隣の鶴丸国永は周囲をぐるりと見回した後、呆れたように呟いた。
「なんというか……これ、周辺住民は変に思わんものなのかね?」と。
「思いますよね。明らかに怪しいですもんね」
 同意を示すと彼は苦笑を浮かべた。
「ここが怪しいのはわかったが、どう調査を進めたものか……やはり忍び込むしかないよなぁ」
「ですよね……って、はい!?︎」
 思わず声を上げてしまった私の反応を見て、彼が首を傾げた。
「ん? どうかしたかい?」
「いえあのっ、今なんて言いました? 忍び込むって聞こえたのですが……」
 まさかとは思うが念のため確認しておくことにした。もし万が一にもそうだとしたら、いくらなんでも危険すぎるからだ。
「えっと、もう一度うかがいますけど、潜入捜査をするということでよろしいでしょうか?」
 恐る恐る尋ねると、「もちろんだとも!」と元気の良い返事が返ってきた。
 マジですか、と思うものの、こうなってしまえば仕方がない。覚悟を決めるしかなさそうである。
「わかりました。では作戦会議を行いましょう。まずはこの辺り一帯の住民の方たちに話を聞いて回りましょうか」
 私は目の前の家を見上げた後、隣の彼に視線を移した。
「では行きましょうか、鶴丸殿」
「ああ! 俺たちの手で歴史を守るぞ、おかか嬢!」
 こうして私たちの任務が始まったのであった。