■目と鼻の先|書庫で書類を探す。(2023.01.19 pixvに載せたものにほんの少しだけ文章追加)
埃っぽいにおいのする書庫で審神者とふたり、政府から配布された資料を探していた。近日中に提出しなければならないものが、誤ってこの室内にある書棚のどこかに片付けられてしまったのだ。
手分けしながら、書類を探す。彼女は背伸びをしたり、本に手を伸ばしたり、一生懸命に探し物をしていた。その様子を横目で見ながら、自分も担当箇所を黙々と探していく。
ふいに肩に軽い衝撃が走った。続いて聞こえる「すみません」という声に横を見れば、至近距離に審神者の顔があった。思わず長義は息を呑んだ。気まずそうに視線を彷徨わせる彼女の顔は、ほんのり赤く染まっている。
少しくらいなら、許されるだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
「こちらこそすまない」
なんとか普段どおり、冷静に返す。だが長義の視線は審神者の口元をいまだ捉えたままだ。淡く色づく唇。少しだけ開かれたそこからのぞく赤い舌……。柔らかそうだな、と思ったら確かめたくなってしまい、長義は彼女の顔へと手を伸ばした。
あと数センチで届く――その瞬間、ハッと我に返った。自分は今、何をしようとしていたのか……? 慌てて伸ばしかけた手を引っ込めた。その拍子に、手に持っていたファイルが床に落ちてしまう。パサリと音を立てて広がったそれを、慌てて拾い上げる。
心臓が激しく鼓動している。どうか気付かれていないようにと願うばかりだ。ちらりと彼女に目をやれば、先ほどよりも顔を真っ赤にして俯いていた。
■日向ぼっこ|縁側で平和な庭を眺めるふたり。
ここ数日は灰色のどんよりとした空が続いていたが、今日は珍しく雲一つない快晴である。太陽は高く昇り、本丸全体を明るく照らし出している。
そんな中、山姥切長義は湯呑を片手に縁側に腰掛けていた。手に温かな熱を感じながら隣に座る審神者にちらと視線を向ければ、彼女はにこにこと微笑んでいた。その視線の先には、子どもの遊戯に興じる短刀たちの姿があった。
「だーるまさんがこーろんだ!」
はしゃぎ声が緑の庭に響く。あまりにも平和的な光景に長義も口元を緩めた。
「今日はいい天気ですね」
きらきらと降り注ぐ光に目を細めて、審神者がぽつりとつぶやいた。
「日差しが温かくて、ついうっかり眠ってしまいそうです」
そう言いながら、欠伸をもらしそうになった審神者が慌てて口を手で隠す。頬をうっすら染めて、彼女は「失礼しました」と謝罪した。そんな彼女の横顔を見ながら、長義は穏やかな気持ちになった。
「肩を貸すよ」
「……甘やかしてはいけません。本格的に寝てしまいます」
生真面目な顔をして、自分の頬をつねる彼女の手をやんわりとつかんで制止する。だが、彼女はその行為をやめようとしない。
「眠たかったら眠ればいい。別に誰も咎めないよ。少しくらいなら大丈夫だ。俺がついているからね」
「そういうわけにはいきませんよ。……今眠ったら、絶対起きられなくなります」
困ったように眉を下げる彼女に、長義はふっと笑みを浮かべて寄り添った。
■昼寝|お疲れ気味な審神者と審神者を甘やかしたい長義。
体が重い。午前中は資材部屋の整理をするはずだったが、作業効率も悪いので審神者はいったん休憩をとることにした。一緒に作業していた刀剣男士が、「縁側で休んでいるといいよ」と言うので、審神者は素直にその言葉に従った。
本丸の中庭に面した縁側に腰かけ、審神者はぼうっとしていた。いつもはにぎやかな本丸だが、今日は珍しく静かだ。
(ちゃんと休めてないのかなあ……)
静かな庭を眺めながら、審神者はそっとため息をつく。すると、ふいに肩に何かがかけられた。なにかと思って見てみると、それは見覚えのあるストールだった。隣を見れば、いつの間に来たのか山姥切長義が座っている。彼は手に持っていた薄いブランケットを広げると審神者の膝にかけた。
「今日は暖かいけれど、体を冷やすのはよくないからね」
「ありがとうございます」
目を伏せながら礼を言うと、長義は小さく笑みを浮かべて、審神者と同じように庭を見つめた。
ふたり並んで、しばらくそうしていた。心地よい沈黙が、ゆっくりと流れていく。
「肩を貸すよ」
いつかのように長義が言った。審神者は答えなかったが、長義は構わずに審神者の肩に腕をかけると、引き寄せるように抱き寄せた。審神者は抵抗しなかった。
「……長義さんは私をよく甘やかしますね」
「嫌かな?」
「……どうしていいのか、わからなくなります」
「慣れてしまえば大丈夫だよ。ほら、時間になったら起こしてあげるから、今はゆっくりお休み」
穏やかな声とともに頭を撫でられる。審神者はゆっくりとまぶたを閉じた。
■料理|審神者の笑顔が見たい長義。
普段はあまり表情が変わらず、口数も少ない主だが、食事の時間だけは別だ。おいしそうな料理を前にすると目が輝き、口元が緩み、やわらかな笑みを浮かべる。そんな彼女の笑顔が見たくて、みんな張り切って料理をこしらえたり買ってきたりして、食卓に並べる。
――そして俺も、彼女においしいと言ってもらいたくて、頑張っているのだ。
「主は、どんな料理が好きかな?」
「ううん……好きな料理、たくさんありすぎて……あえてあげるなら、おにぎり、ですかね。あんまり料理って感じではないですけど。でも、梅、シャケ、おかか、ツナマヨ、昆布……どんな具が入っていても美味しいところが、おにぎりのすごいところですよね」
そう言って優しく笑う彼女を見て、おにぎりくらいなら作ってあげられそうだ、と思うのだった。
■雨宿り|雨宿りしている審神者のもとに長義がやってくる。
本丸のある敷地は広い。気晴らしにと散歩にでかけたところ、激しい夕立に襲われ、慌てて近くにあった物置小屋の軒下に避難する。すぐに止むだろうと思えたのだが、予想に反して雨脚はどんどん強まっていき、ついには雷鳴さえ轟き始めた。
走って本丸に戻るには少々距離がある。審神者はどうしたものかと考えながら空を見上げた。
しばらく雨は止みそうにない。どうしようもないので、その場に腰をおろし、雨に濡れた上着を脱いで脇に置いた。そうして、雨の打つ音を聞きながらぼんやりとしているうちにうつらうつらとしていたらしい。意識を取り戻すと目の前に誰かの顔があった。驚いた拍子に声を上げそうになるのをどうにか堪え、よく見るとそれは見知った男だった。
「すまない。驚かすつもりはなかったのだけど」
傘を差しかけてくれた青年――山姥切長義は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「それにしても酷い降りになったものだね。迎えに来るのが遅れてしまった」
「いえ、助かりました。ありがとうございます。でも長義さん、どうしてここがわかったんですか?」
不思議に思って尋ねると、彼は苦笑を浮かべた。
「……なんとなく、かな」
早く戻ろうか。差し伸べられた手を取り立ち上がれば、彼はそのまま手を繋いで歩き出した。それに黙って続く。手袋越しに伝わる体温を感じながら歩く帰り道はあっという間だった。
■ミルクティー|審神者のためにミルクティーをつくる長義。
自分から休憩をとらない主のために休息を促すのは近侍の役目である。
厨の食器棚からふたり分のティーカップを取り出す。ひとつは主専用のティーカップ。これは短刀の誰かが以前、主に贈ったものらしい。白地に薄い青色の花の絵が描かれている。もうひとつは誰が使ってもいい、シンプルな白いデザインのティーカップだ。
棚に並んだ紅茶の缶を眺めていると、後ろで作業をしていた厨番のひとりから「真ん中のアッサムはどうですか」と言われた。また別の当番から「アッサムならミルクを入れて、砂糖も入れるといいぜ。鍋でやるとうまい」というアドバイスもあった。
助言に礼を言い、言われた通りにしてみることにする。手鍋に水を張り、火にかける。沸騰したら火を止めて、茶葉を加えて蒸らす。時計の針を見ながら、タイミングを見計らって牛乳を加えて再び弱火にかける。時々スプーンでかき混ぜながら、ふつふつと泡が出てきたところで火を止める。少し蒸らしてから、温めておいたポットに茶こしで漉しながら注いでいく――。最後の一滴まで注ぎ終える頃にはちょうど良い温度になっていた。
紅茶を入れたポットにティーコゼー(堀川国広が片手間に作ったものらしい。片手間とは思えない出来だ)を被せ、温めたカップ、スプーンと砂糖入れ、焼き菓子とともに盆に載せて執務室へと運ぶ。
「主、少し休憩にしよう」
声をかければ、端末画面とにらめっこしていた彼女がようやく顔をあげた。眼鏡の奥の瞳がゆっくりと瞬く。
「もうそんな時間ですか。ありがとうございます。……紅茶のいい香りがします」
「厨当番のアドバイスに従って、アッサムのミルクティーにしてみたよ。きみの口に合うといいのだけれど」
そう言いながら、ソーサーにカップを乗せてポットから熱い紅茶を注いだ。湯気が立ち上ってゆく様子を彼女は楽しげに見つめていた。
「砂糖もあるよ。よかったらどうぞ」
「ふふ。ミルクティーは甘いものがおいしいですよね。では、せっかくなので」
砂糖入れから角砂糖をひとつ取り出し、紅茶の中に落とす。溶けていく様をじっと見守る。スプーンでくるりとひと回しすれば、茶色い渦が出来上がる。底の方は濃い色になっているが、縁の方が薄くなっていく。
「ほんとにいい香り。温かくて、ほっとします。……うん、甘くて美味しいです。とても丁寧に淹れてくれたんですね。ありがとうございます」
口をつけた彼女が嬉しそうな笑顔を浮かべた。その表情に胸のあたりがきゅっと苦しくなる。
「……そ、それは良かった。俺も飲んでみようかな……」
動揺を隠すように、俺もまた紅茶を口に運んだ。