二度あることは三度ある。そう、また例の部屋に閉じ込められてしまったのだ。
前回同様、長義と審神者は真っ白な部屋に放り込まれた。何もない部屋に唯一あるのは、部屋に不釣り合いの電光掲示板だけだ。そこに文字が流れていた。
「ここは10分間ハグしないと出られない部屋です。がんばってください」
流れる文字の下には「00:10:00」という数字が表示されている。きっと計時機のようなものだろう。
なんともふざけた指示だった。だが、指示通りに実行しなければこの部屋からは出ることができない。これまでの経験上、指示されたことを遂行すれば出られることはわかっていた。
「またずいぶん変な部屋に閉じこめられてしまったね」
「すみません。巻き込んでしまいましたね……」
申し訳なさそうに眉を下げる審神者に長義は首を横に振った。
「これは不可抗力だろう」
慰めの言葉をかけると審神者は目じりを下げてふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「礼を言う必要なんてないよ。それよりもさっさと終わらせてしまおうか。……ええと、ハグというのは<抱擁する>ということでよかったかな?」
横文字は不慣れでいまいち意味を把握できていない。長義が確認すれば、彼女はこくりと頷いた。
「はい。そんな感じです。……すみません、ご迷惑をおかけして」
「謝らないでくれ。きみのせいではないのだから」
肩を落とす審神者の手をそっと握る。彼女は一瞬体を強張らせたが、やがてゆっくりと力を抜いた。長義はその反応に少し満足すると、にっこり笑ってみせた。
「では、早速始めようか」
手を握ったまま距離を詰めれば、審神者の頬に朱色が走る。
「えっ、あ、えっと、でも、ええと、あの」
目を泳がせながらしどろもどろになる彼女に長義は口の端を緩めた。
「どうしたのかな? 早く終わらせたほうがいいだろう。難しいことなんて考えなくていい。ただ10分抱擁をすればいいんだ」
「そ、そうですよね」
審神者はぎこちなく微笑み、「では失礼します」と律儀に頭をさげると長義の背に腕を回してきた。長義もそれに応えるように彼女の背に腕を回す。お互いの体温が触れ合ったところから伝わる。抱きしめた体は柔らかく、温かかった。
「今、どれくらい経過しましたか? あと何分くらいでしょうか」
腕の中から声が聞こえてくる。視線を電光掲示板下のタイマーに向ければ、そこには「00:08:59」と表示されていた。
「まだ1分ほどしか経っていないよ」
「……そうですか。もっと経ったような気がしていたのですが」
審神者はそわそわと落ち着かない様子だ。おそらく緊張しているのだろう。心臓の音が速い。長義も同じだった。どくんどくんと鼓動が速まる。体も熱い。
それはきっと彼女にも伝わっているはずだ。こんなに近いのだから。
静寂の中、時が過ぎていく。まるで永遠のようだった。永遠にこのままでもいいかもしれない。ふと、そんなことを考えている自分に気づく。
長義は少し驚いた。そして頭を過った感情を振り払うように息を吐く。
しかし、この時間が心地よいことは確かだった。長義は審神者にまわした手に僅かに力を込めた。
「? どうしたんですか?」
審神者が顔をあげる気配がした。
「何でもないよ」
小さく首を横に振って答えれば、彼女は「そうですか」と言って再び黙った。
沈黙が流れる。互いの呼吸音だけが耳に届いた。時折、身じろぐ衣擦れの音が鳴る。長義は審神者の肩口に顔をうずめ、背中に回した手でその細い身体を確かめるように撫ぜた。
彼女の優しい香りが鼻腔を満たす。この腕の中にある温かな存在。その心地よいぬくもりに浸りながら、長義は瞼を閉じた。
どれ程そうしていただろうか。時間の感覚が分からなくなってきたころ、審神者が口を開いた。
「そろそろ、でしょうか」
彼女の小さな呟きに長義は我に返る。電光板を見れば、そこには「00:00:00」の数字が表示されていた。
「……あ、ああ、そのようだね」
室内に機械音が高らかに鳴り響く。彼女は小さく息を吐き、照れたような顔でほほえんだ。そして、長義から離れていく。
その手を取り、手の甲に口づけを落としたら彼女はどんな顔をするだろうか。長義の胸に好奇心が芽生えたそのときだった。白い壁に戸が出現し、するすると静かに開く。その向こうには見慣れた風景が見えた。
「よかったです。出られるようですよ」
行きましょうか、と微笑み審神者が歩き出す。
「ああ」
返事をしながら長義は彼女の後を追った。
白い部屋の外はいつもの本丸の景色だった。さわやかな風に頬を撫でられ長義は目を細めた。春がもうすぐ終わる、そんな季節だ。この本丸に配属になってもう半年が経とうとしている。
(……半年か)
「あの、どうかされましたか?」
立ち止まったまま物思いにふけっていると審神者が振り返った。その心配そうな表情に慌てて笑顔を作る。
「なんでもないよ。少し考え事をしていただけだ」
そう言うと審神者はほっとしたように微笑んだ。その笑顔を見て胸がどきりとした。この気持ちは何だろうか。答えを知りたい気がしたが、知るのが怖いような気もした。
長義は密かに息をつく。自分は刀だ。戦うための道具だ。誰かを慈しんだり愛したりすることは不要でしかないはずだ。心のなかでそう唱えるも胸の奥に潜むわだかまりのようなものは消えてくれない。これはいったい何なのだろうか。
そこまで思案してから我に返り、頭をふる。今はその問題を棚上げして、審神者と執務室に戻ることにしたのだった。
↓の診断結果の合せ技
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山姥切長義と審神者は壁に「どちらかが相手を10分間抱きしめ続ければ出口が現れます」と書いた紙が張られた部屋に閉じ込められました。
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山姥切長義と審神者は『ハグしないと出られない部屋』に入ってしまいました。50分以内に実行してください。