単純だって笑っていいよ

 鏡で身だしなみをチェックする。特に乱れているところはなかった。
 寝癖なんてついていたら、格好がつかない。前髪を軽く払い、壁の時計の時刻を確認すると頃合いの時間だった。同室の大包平に「気にしすぎだ。力を抜け」と笑われながら、部屋を後にする。
 今日は燭台切光忠がこの本丸に顕現して初の近侍当番を行う日だった。主である審神者の側について仕事を手伝い、戦場へ出陣する第一部隊の隊長の役目を担う。近侍は責任のある役割だと燭台切は思っているので、力が入ってしまうのは仕方のないことだった。
 審神者の側によく控えている初期刀の彼、山姥切国広のことを考えた。近侍、で思い浮かぶのは布を被った彼の姿だ。口数少なく、愛想はない。だが彼は真面目で責任感があり、主や仲間のことをよく見ている。近侍ではないときも「隊長」とよく呼ばれているのは、出陣部隊に編成されるときは大抵部隊長をつとめ、審神者がいないとき本丸をまとめる頼れる存在だからだろうか。燭台切はこの本丸の一番の新入りなので、いろいろなことが把握できていない。彼のように、とはいかないだろうが、この機会に少しでも追いつけたらいいと思っている。
 昨日まで近侍当番だった大包平からの申し送り内容を思い出す。第一部隊は戦国の記憶の桶狭間へ出陣、第二部隊は武家の記憶の厚樫山へ出陣、第三部隊と第四部隊は遠征に行く予定となっていた。遠征は玉鋼を得ることが主目的らしく、維新の記憶と江戸の記憶が行き先らしい。
 ちなみに第四部隊の隊長は山姥切国広だった。仕事のひとつなのだから、遠征に出かけるのは普通であるはずなのに、なぜか彼が出かけるのは不思議なことに思われた。
「彼、遠征にも行くんだね」
 思わず燭台切が口にすると、「そりゃあ行くだろう」と大包平は至極当然のことだとばかりに答えた。

 次元の違う空間にある本丸と現世の実家を毎日のように行き来している審神者は忙しく、あまり言葉にはしないが時間を気にしている。そんな審神者のことを考えてか、仲間たちが自主的に用意した時計が本丸の要所要所に設置されていた。だから、燭台切もいつの間にか時刻を確認する癖ができてしまった。なんともなしに時計を見て、スケジュールを頭の中で反芻させながら、足早に審神者の執務室へ向かう。
「主、いいかな?」
 声をかけると静かに襖が開いた。顔を覗かせた審神者はなぜか本丸に到着したときに身につけていた上着を羽織っている。これから出かけますと言わんばかりだ。
「お早いですね。今日はよろしくお願いします」
「いろいろ至らないところがあると思うけど、よろしくね」
「いえいえ、こちらこそです」
 促されるまま室内に足を踏み入れる。執務室の中はこざっぱりとしており、申し訳程度に花瓶に季節の花が活けられていた。短刀が気を利かせているのかもしれない。白い花が二輪仲良さそうにしているのを見ていると、時計を見ながら審神者が口を開く。
「えっとですね、これから順番に第一、第二部隊に出陣して頂く予定だったのですが、変更することになりました」
「なにかあったのかい?」
「政府の施設に出かける用事ができまして……」
 申し訳なさそうな顔で審神者が説明を始める。曰く、つい先ほどこんのすけがやってきて、本日中に確認し、署名をしてほしい書類があるという連絡をされたという。内容は本丸に張られた結界の補強について、らしい。
「そんな大切なこと、事前に連絡があって然るべきじゃない?」
「そうですよね……。こんのすけさん、大切なことに限って連絡が遅いんですよ」
 肩を落とし、力なく審神者は答えた。彼女のこんな姿を見たら、今剣あたりは憤慨しそうだ、と思う。時間に正確な燭台切の本丸の刀剣男士たちは、時間にルーズな者を苦手としている。
「というわけですので、私は現世へ行ってきます。燭台切さんは部隊のみなさんに出陣の時間が遅れること、それまで自由に過ごしてほしいということをお伝えしてください。私は第二部隊の隊長の鶴丸さんにお話してきますね。第二部隊は時間によっては出陣取りやめになるかもしれないです」
「きみ、一人で施設へ行く気かい?」
 いつも持ち歩いている鞄を肩にさげる審神者を引き止める。彼女は当たり前といった様子で頷いた。
「はい。ちょっと署名してくるだけですし。簡単な用事です」
「でも普段こういうときは彼……山姥切くんが一緒に行っているんだろう? 一人で行かせるわけにはいかないよ」
「いつも一人で本丸と現世、行き来してますけど……」
 渋る審神者に燭台切は申し出る。
「審神者と刀剣男士が集まる場所の方が何か起こる可能性があるんじゃない? 今日は僕が近侍なんだし、お供させてよ。それとも、練度がまだ低い僕が護衛じゃ不安かな?」
 そう言いながら、ずいぶんずるい聞き方をしたなと燭台切は思った。審神者は自分に苦手意識を持っているらしいことは前々から感じていたことだった。それを示すかのように彼女とは全然目が合わない。
 案の定、審神者は眉を下げて困ったような面持ちになる。何かを言おうとした口が閉じ、再び開く。落ち着いた静かな声がしんとした部屋に響いた。
「そんなことはありませんよ。……えっと、では、よろしくお願いします」
 躊躇いながらも審神者はぺこりと頭を下げた。
 燭台切と審神者はそれぞれ連絡に走ると、揃って政府施設へ向かった。

 政府施設に到着する。目的の窓口に向かうと、周辺は審神者とその近侍らしい刀剣男士で賑わっていた。「ちょっと行ってきますね」そう言うと、審神者は燭台切を残して受付に足を向けた。その背中を見送りながら、壁際に寄って待機する。
 姿勢はまっすぐ、隙のないよう、格好悪くならないよう意識する。辺りには様々な主従がいて、それぞれなんてことのないやりとりをしている。自分と同じ燭台切光忠も数振り見かけた。
 しばらくすると審神者が戻ってきた。しかし、たくさんの刀剣男士の気配があるせいか迷っている様子だった。
 きみの刀はここだよ。心の中で呟く。すぐ見つけてほしいと思うが、付き合いは浅いし周囲の込み具合もあるし、見失ってしまうのはどうしようもないことかもしれなかった。燭台切は片手をあげて、主を呼んだ。周囲の人々にぶつからないように注意し、審神者に寄る。
「すみません」
 自分が呼ばれていることに気づいた審神者も燭台切の方にやってきた。ぺこりとまた頭を下げた。
「終わったかい?」
「いえ。終わったのは受付だけで、1時間後にまた来るように言われました。いろいろ手間取っているみたいです」
 ちらと窓口の方に目をやる。奥で施設所属の人間と刀剣男士が忙しなく働いているのが見えた。
「時間もありますし、燭台切さんは一度本丸に戻りますか?」
「きみはどうするの」
「私は……ここで待とうかと。時間に遅れてしまったら、よくないですし」
「それなら僕も一緒に待つよ。いいかな」
 審神者はどこか緊張した顔をしつつも頷いた。
「ええと、じゃあドリンクコーナーにでも行きましょう」
 慣れた足取りの彼女の半歩後ろを歩く。時間つぶしによく利用するのだと彼女は言った。

 ドリンクコーナーは想像よりも広かった。この場所も審神者とその近侍たちで賑わいを見せていた。いろいろな種類の自動販売機が並び、テーブル席とベンチが各所に設置されている。観葉植物の緑が目に優しい。
 審神者の話によると、軽食がとれる喫茶コーナー、がっつり食事ができるレストランもあるという。「今はそんなに食べなくてもいいですよね」という彼女に「そうだね」と答える。
 自動販売機の近くに集まる人を避けつつ、見慣れない風景を眺める。「どれにしましょうか」と尋ねる審神者が指を差しながら、「左奥にあるのがパン類、その隣がカップラーメン、ピンクの可愛らしい機械がアイスクリーム、右奥にあるのが飲み物ですね」と教えてくれる。多種多様な販売機が揃っているらしい。どこかの審神者の男の子と御手杵が、ベンチに座って仲良くラーメンを啜っているのが見えた。お腹がすくにおいが漂ってくる。
「たくさんあって迷ってしまうね」
「そうですね。普段時間つぶしに利用するときは、あそこのを買ってますよ」
「じゃあそれにしようよ」
 案内されてついていく。彼女が利用しているというのはカップ式の自動販売機だった。温かい飲み物がメインのようで、お茶だけでも数種類ある。違いはわからない。中には全く馴染みのないものもあった。
「どれにしましょうか」
 先ほどと同じ質問をされる。見てもいまいちわからないので、温かいお茶を頼む。「これが普通のやつですね」電子マネーカードをかざし、審神者がボタンを押す。自販機の中に自動で紙コップが用意され、そこに液体が注がれる。できあがりを知らせるランプが点灯し、審神者がカップを手にとった。
「できました。どうぞ、こぼさないように気をつけてくださいね」
「ありがとう」
 紙コップにはきれいな色の緑茶が並々と入っていた。白い湯気が立ちのぼっている。受け取ると温かな熱が手のひらに伝わってきた。
 審神者は自販機を眺めている。
「えーっと、私も同じのにしようかな……」
 独り言を呟きながら、ボタンに手を伸ばす。その様子を見ながら、燭台切はあれ? と思った。審神者の指は燭台切が買ってもらったものとは別のボタンを差している。
「あっ、あれ……?」
 完了の合図でカップを取り出した審神者が首を傾げた。隣から彼女が持つカップの中身を覗くとそこには茶色の液体が注がれていた。泥水を連想する。
「なぜ……」
 途方に暮れたように疑問をこぼし、自動販売機に並ぶ見本を確認してさらに項垂れる。
「ブラック、無糖……やってしまった……」
 液体と見本を交互に見ながら、彼女はため息をこぼす。ショックを受けているその姿がなんだか可哀想に思えて、つい燭台切は声をかけた。
「よかったら僕のお茶と交換する?」
「えっ、いいんですか?」
 目をぱちぱちと瞬かせながら、彼女は質問で返す。それに対して「いいよ」と頷けば、安心したような表情になる。
「ありがとうございます、助かります」
「それ、苦手なの?」
 審神者は照れたように小さく口元に笑みを浮かべた。
「恥ずかしながら、ブラックコーヒーは苦くて飲めないんです。……いや、飲めなくはないかもしれないんですけど……でもやっぱり苦手ですね」
「そうなんだね」
 審神者の苦手なものを初めて知った。本当に何も知らなかったのだと思う。好きなものすら知らないことに思い当たり、少しさみしい気持ちになる。本丸の男士は緑茶党が多いような気がしていたが、審神者の好みも反映されているのかもしれない、と燭台切はふと思った。
 カップを交換する。この怪しげな飲み物はコーヒーというのか。茶色い液体はやはり見慣れない。香りもどこか焦げ臭く感じる。
「そういえば燭台切さんって飲んだことありましたっけ? 大丈夫です?」
「えっと、うん、まあ」
 気遣わしげに尋ねられる。燭台切は曖昧に頷くと目ざとく見つけた開いた席を指差し、そこに審神者を促した。
 テーブル席に向かい合って座る。審神者とは相変わらず目が合わない。彼女はカップのお茶を口にしつつ、ちらちらと時計を確認している。
 燭台切も片手にあるカップの中身を再び見た。何度見ても茶色い泥水に見える。これは本当に体にいれていいものなのか疑問が残るが、売られているということはそういうことなのだろう。
 思い切って口に含むと、苦味が舌先に残った。はたして、これはおいしいのか。よくわからない味だ。内心首をひねっていると、ふと視線を感じて顔をあげる。その視線元は審神者だった。
「どうしたの? 僕の顔に何かついてた?」
 今日初めて目があった気がして、じっと見つめ返すと彼女はさっと俯いてしまった。それを残念に思いながら、もう一度口をつける。
「な、なんでもないんですけど……」
 審神者の口から漏れた言葉は、周りの喧騒に紛れて消えてしまいそうな小ささだった。
「燭台切さんは……コーヒーが似合いますね」
 ぽつりと零すと顔をあげ、審神者は燭台切が持つカップに視線をやった。
「コーヒーが似合うのって、大人の人って感じで……かっこいいですよね」
 はにかみながらそう言って、また視線を手元のカップに落とした。
「……ありがとう」
 褒められたので素直に礼を言う。どういうわけか急に室温が高く感じられてきた。暑い。手で扇ぎたい気持ちを抑えて、コーヒーを口にする。現金なもので、よくわからなかったはずの味に親しみがわいてしまうのだから可笑しい。
 燭台切の口元に自然と笑みが浮かんだ。それを見た審神者が「口にあったなら良かったです」と微笑する。得体の知れない飲み物だったコーヒーだが、燭台切は好きになれそうだと思った。
 その後はぽつぽつ話をして時間を潰した。本丸は過ごしやすいか、他の刀剣男士との関係はどうか、人の身になってからの具合はどうか、といった面接か何かのような内容だった。困ったことがあったら遠慮なく教えてほしいといった彼女は「私がいないときの本丸は、勝手ではありますが山姥切くんにお任せしています。本丸についてはもしかしたら彼のほうが詳しいかもしれません」と話を締めくくった。
「彼を信頼しているんだね。僕もがんばるよ」
「みんなでがんばりましょう。……ところで燭台切さんは他所の本丸では料理当番になることが多いとうかがいますが、料理が好きなんですか?」
「まあ、そうだね。実際料理当番になってみて、おもしろいなって思ったよ。うちの本丸はみんなそれなりに料理ができるね」
 そんな他愛もない話をしていると、やがて時間がやってきた。空になった紙コップを持って審神者が椅子から立ち上がるのにあわせて、燭台切も席を離れる。いつの間にか飲み干していた空き容器をゴミ箱に捨て、足早に窓口へ向かった。
 最初のときと同様に受付へ行く審神者を見送り、壁際で待機する。ほどなくして審神者が戻ってきた。
「無事手続き終わりました。本丸の結界ですが、時が経って少し劣化していたみたいです。無償での補強はありがたいことです。この件はみんなにもご報告しなきゃですね」
 帰りましょうか。その言葉を合図に揃って本丸へと帰還した。
 そして、この日を境に緑茶党だらけだった本丸にコーヒー党の刀剣男士が生まれるのだった。

   ***

 小腹がすいたので何かつまもうと厨に向かうと、途中から香ばしいかおりが漂ってきた。この香りは覚えがある。確かコーヒーのにおいだ。緑茶党、紅茶党、牛乳党、コーヒー党……本丸の仲間たちはみなそれぞれ好む飲み物が違うが、緑茶党が多数を占める。そんな中コーヒーを嗜むものはごくごく少数である。すぐに思い浮かぶのは伊達男のあの刀剣男士だ。
 鶴丸国永が厨の入り口の暖簾を押して中を覗くと、燭台切光忠が何か作業をしていた。そろそろ八つ時なので、菓子の準備でもしているのだろうか。それなら味見をさせてもらおう。そんなことを考えながら近くに寄る。
「よっ、光坊。今日は何を作っているんだ?」
 作業台の上には白いカップが三つ並んでおり、中身を覗くとそれぞれ茶色い液体が注がれていた。表面には液体と同じ茶色の粉が浮かんでいる。
「なんだい、これは」
 燭台切が口を開く前に質問を重ねる。カップの中身はどれも同じコーヒーに思えた。すべて燭台切が飲むのだろうか。不思議に思っていると、「新しい豆を買ったからね。カッピングをしているんだ。味や品質の確認といったところかな」との答えが返ってきた。また小洒落たことをしているものだ。
「ほお。見ててもいいかい」
「そんなにおもしろくはないと思うよ」
「暇なんだ」
「それじゃあ、ついでにコーヒー飲んでいく?」
「たまにはいいな! 良い驚きを頼む」
「驚きかあ。あるかなあ」
 そう笑う燭台切だったが、次の瞬間真面目な表情に変わる。傍らの砂時計が落ちきったのを確認してか、スプーンでカップの中をかき混ぜ、香りをかぐ。燭台切は何か考え込んでいるようだった。それを重ねて行うさまを鶴丸は黙って見守った。
 納得したように燭台切は軽く頷いた。何に対してかは当然鶴丸にはわからない。次に彼はカップの表面のカスや灰汁を器用にすくい取った。そして、スプーンで徐ろに液体をすする。三回繰り返した後、燭台切は大きく頷いた。
「お、どうしたどうした?」
「これがね、あの子の好みの味だったんだ。買って良かったよ」
 真ん中のカップを指差して、燭台切が優しく微笑む。あの子、というのは言わずもがな。この本丸の主である審神者のことだろう。
「そりゃよかったな」
 嬉しそうな仲間に鶴丸も思わず笑みをこぼす。
「早速この豆でためしに淹れてみようかな」
「それなら、俺はあれがいいな。実験器具みたいなやつ」
「サイフォンのことだね。OK、すぐに準備をするよ」
 厨にはいろんな器具が用意されている。ほとんどは仲間の趣味だった。燭台切もひとつの戸棚の使用権を得て、そこに様々なものを綺麗におさめている。コーヒー豆に、その豆を引くミル、ドリッパーにフレンチプレス、マキネッタに先のサイフォンなどなど。何度か耳にしたから名前だけは覚えたが、どれが何なのか、どのように使うかまでは把握していない。外の国の言葉は興味深いが少々難しい。
 燭台切はてきぱきと準備を整えていく。フラスコ内に湯を入れ、アルコールランプで加熱する。この原始的な感じが鶴丸は結構好きだ。
「この本丸、コーヒー党は少ないよな」
「そうだね。鶴さんも緑茶党だものね」
「主の淹れた茶は最高にうまい」
「確かに。あの子のお茶と比べられちゃうのは困るなあ」
 現世の職場で客に茶を出すことがある、という審神者は茶を淹れるのが上手だ。その味は茶が好きだと豪語する鶯丸も唸るほどのものだった。
「大体、この本丸にコーヒーなんてなかっただろう。なにかきっかけでもあったのかい」
 なんてことのない質問つもりだったが、辺りに静寂が訪れた。フラスコに設置されたフィルターがつけられたロートに、ぽこぽこと沸騰した湯がのぼっていく。それをぼんやりと見つめる。
 返事はなかった。聞いてはまずいことだったかもしれないと思っていると、竹べらでロート内をかき混ぜながら、燭台切が口を開く。
「……似合うって言われたんだ」
 秘密をつげるような、ひそやかな声だった。
「あの子が大人の人って感じで、格好良いって言うものだから……」
 だんだん尻すぼみになっていく声に合わせて、燭台切は恥ずかしそうに頬を染めた。いつも隙なく男前にしているのに珍しいものを見たものだ、と鶴丸は思った。彼の気持ちは前から薄々は察していたが、本人から聞いてしまうと気恥ずかしいものがある。
「ははーん、なるほどなるほど……そりゃあ一番の理由になるなあ」
「ここは思いっきり笑うところだよ、単純だって! 笑っていいよ、もう!」
「いやいや、笑ったりなんかしないぜ」
 こんな軽口を叩きながらも燭台切は作業を続けている。たいしたものだと感心する。
 そうこうしていると、厨に誰かがやってきた。
「あ、燭台切! それに鶴丸」
「俺はついでかい、ひどいやつだなあ」
 現れたのは本日の近侍当番であり、鶴丸の同室でもある後藤藤四郎だった。ついでに言うと、彼の方が鶴丸より少しだけ先輩である。
「どうしたの?」
「そろそろ八つ時だから、大将になにか持っていこうと思って」
 横目で時計を確認する。どうりで腹が減るわけだ。どうやら後藤は飲み物と軽い食べ物を探しにきたらしい。
「燭台切、コーヒー淹れてんのか」
「うん。あ、そうだ後藤くん。あとでお菓子と一緒に持っていこうか、ミルクたっぷりのカフェオレ。もちろん砂糖も入れてね」
「いいなそれ! 俺、あれ好きだ。大将もうまいって言ってた! じゃあ、大将に伝えてくる!」
 後藤は顔を輝かせると、颯爽とその場を去っていく。廊下を走ると危ないぜ、と注意する暇もない。
「早々に出番がきたなあ」
「気合い、いれないとね」
 ややあって、審神者と後藤のマグカップにそれぞれ薄茶色の液体が注がれる。ついでに鶴丸のものにも同じカフェオレがいれられた。温かなそれを飲むと優しい甘さが口内に広がった。
「甘いな」
「そう淹れたからね、じゃあ行ってくるよ」
 盆にマグカップとおやつ用に作ったらしいマドレーヌを二個載せ、厨を出ていく。それを見送りながら、再びカップに口をつける。
「……甘いなあ」
 鶴丸はしみじみと呟いた。

参考資料(あんまり参考にできてないかもしれません。コーヒー入門書)
丸山珈琲 鈴木樹監修『コーヒーのある暮らし:淹れる・選ぶ・楽しむ』池田書店、2020年