暁月楼 1 - 2/3

2:受付の女と常連客

 出勤早々に遭遇した厄介な客をさばき、海老根がほっと一息ついていると奥のスタッフルームから「力になれず、すみません……」と申し訳なさそうな声とともに、五虎退がひょこりと顔を見せた。
 海老根は笑顔で口を開く。
「ああいうクレーマーには現世で仕事していたときに何度も遭遇しましたから、もう慣れちゃいました。大丈夫ですよ」
 その言葉を聞き、五虎退はぱちぱちと瞬きをした。それから、ふわりと微笑む。
「五虎退さんの仕事は受付ではなく、遡行軍がやってきたときの迎撃ですからね。万が一のときはよろしくお願いしますね」
 さて、今日も仕事がんばるぞ! と海老根が心の中で気合を入れたときだった。店の扉が開き、見知った男が入ってきた。
 山姥切長義だ。彼は店内を見渡し、受付にいる海老根の姿を見て足早に近づいてきた。
「やあ、こんにちは。いや、こんばんはの方がいいのかな。また来てしまったよ」
 にっこり笑ってあいさつをする長義に、「お待ちしておりました、山姥切長義さま」と海老根は恭しく頭を下げた。
「今日はどうされますか? お姐さんたちは山姥切長義さまがお相手なら、みんな大喜びですよ」
 この山姥切長義は良い客である。特定の女を指名して抱いたことはなぜかないらしいが、気前よく料理や酒を頼み、他愛のない話をし、チップまでくれる。酒に飲まれて暴言を吐くことも、暴れることもない。丁寧な物腰で紳士的。何より容姿端麗で美しい。この店の女郎たちの中には、本気で彼に惚れている者も少なくない。
 しかし、長義は小さく肩をすくめた。その仕草はどこか芝居がかっている。だが不思議と嫌みではない。海老根の本丸にいる山姥切長義と容姿は同じはずなのに、まとう雰囲気は随分違うように思えた。
 そんなことを考えながら、海老根は長義の顔をじっと見つめていた。すると、彼はすっと目を細め、口元に笑みを浮かべるとゆっくりと口を開いた。まるで、歌うような口調で。
「そうだね。じゃあ、君を指名したいのだけど」
 海老根はぱちくりと瞬きをして、長義を見た。彼はにこにこと笑いながら、「駄目かな?」と言った。
「も、申し訳ございません。私は受付担当でして、大変ありがたいのですが……ご容赦ください」
 恐縮しながらそう言うと、長義は「おや残念」と言いながらも、特に怒っている様子はない。
「では、今日も俺ひとりで楽しむことにしようかな」
「承知いたしました、どうぞごゆっくり」
「ありがとう。ところで、海老根
 不意に名前を呼ばれ、首をかしげる。すると彼はそっと身を屈め、海老根の耳元で囁いた。まるで内緒話でもするかのように。秘密を打ち明けるように。艶やかな声で、一言だけ。
 ――いつかは俺のものになってくれるかな。
 海老根は目を大きく見開いた。彼はそのままひらりと手を振って店の奥に進んでいった。海老根は呆然とその後ろ姿を見送った後、思わず声をこぼす。
「…………えっ」
 それはまるで、恋の告白のような。