婿入り志願 - 1/7

 つい最近まで暑かったのに、気がつけば庭はすっかり秋めいている。寒がりの私は早々に冬物の服を着込み、短刀たちも半纏を羽織るようになっていた。そんなある日のこと。
「主」
 廊下から声をかけられて顔を上げると、山姥切国広がいた。内番着ではなく戦装束だ。
「どうしたんですか?」
「少し話があるんだが……いいか?」
「はい、構いませんよ」
 そのまま執務室に招き入れると、彼はかしこまった様子で、机を挟んだ向かい側に座った。その表情からは何も読み取れなかったが、彼が意味もなく執務室を訪れるとは思えないので、何か用事はあることは確かだろう。
「あんたに相談したいことがあるんだが……」
「相談ですか?私で良ければいくらでも聞きますけど……。珍しいですね、山姥切くんがそんなことを言うなんて」
 彼とは初期刀として顕現して以来の長い付き合いになるけれど、こうして改まって話をするのは初めてかもしれない。
「実は、好きな相手がいるんだが…………」
「えっ!?︎」
 予想もしていなかった言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。まさか朴念仁のような彼が所謂恋バナを持ちかけてくるとは思わなかったのだ。
「すまない、驚かせる気はなかったんだが……」
「いえ、大丈夫です。少し意外に思っただけで……それで、どんな人なのかお尋ねしても?」
「……そうだな。端的に言えば、俺には勿体ない人だな」
 そう言って、彼は目を細めた。今、彼が思い浮かべているのが、その想い人であるということはすぐにわかった。ものすごく愛おしげな表情をしていることから察するに、山姥切くんはよほどその人のことが好きらしい。
 彼をこんな表情にさせるその人は何者なのだろう。「勿体ない人」と言わせるような人だ。完璧超人系なのか、はたまたお金持ちなのか。それとも身分が高貴な人か。
 何か協力できればいいと思い、もう少し情報を聞いてみることにする。
「もっと詳しくうかがってもいいですか? 見た目とか、性格とか。差し支えなければ」
「ああ、わかった。見た目は、長い黒髪で清楚系だ」
「ふむふむ、男性がよく好みのタイプの女性であげる感じですね」
「どうだろうな。俺は好きだが。……彼女はいつも動きやすそうな服を着ている」
「なんだか意外な感じですね。勝手に和服美人を想像していました」
「着物も似合っていたぞ。あと彼女は物腰が柔らかで丁寧な口調で話す。料理も上手だ。最近はあまり食べないが、以前食べたものはどれもおいしかった。性格は……そうだな、穏やかで誰にでも優しくて、それからものすごく真面目だ。自分の休みを放って、仕事に取り組むことも多い。もう少し休んでもいいと俺は思うんだが……」
「なるほどなるほど。すでにそれなりに親しくはなっているんですね」
 相槌を打つ。彼の想い人のイメージは大和撫子である。たおやかな美人が優しく微笑む姿を幻視する。

 それはそれとして、今日の彼はよく喋る。こんなにも饒舌な彼を見たのは初めてだ。彼の口から出てくる言葉の端々から彼女のことが大好きだという気持ちが伝わってくる。
 山姥切くんの話を聞く限りだと、相手はかなり素敵な女性であるようだ。ただでさえモテるであろう彼の隣に立つに相応しい人物と言える。
 だが、一つだけ疑問が残る。なぜ彼はその人に告白しないのか。これだけ惚れ込んでいるなら、誰かにとられてしまう前に、早く済ませた方がいいのではないか。できない事情が、あるのだろうか。たとえば、相手がどこかの本丸の審神者であれば、なかなか告白は難しいかもしれない。自分の主が他の本丸の男士とくっつくだなんて、嫌だと思うものもいるだろう。
 山姥切くんはその点については何も言わなかったし、私もあえて聞かなかった。
 その後も、彼はいかにその人が素晴らしいかを語っていた。その熱のこもりようは、聞いているこちらまで胸焼けを起こしそうになるくらいだった。
「わかりました。山姥切くんがその方が大好きなことは、よくわかりましたよ。……それで、結局のところ、山姥切くんはどうしたいんですか?」
「どうしたい?」
「わざわざ相談してくれたのですから、何かあったのでは? お付き合いしたいとか、恋人になりたいとか……。私にできることなら、協力しますよ!」
 そう言うと、山姥切くんは少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。
「……もし、あんたが協力してくれるならば……」
「何ですか?」
 初期刀から何かをお願いされることはあまりないので、私は身を乗り出すように彼の言葉の続きを待つ。
「……婿入りしたい」
「はい…………ん? えっ!?」
 婿入り!?
 私は思わず心の中で復唱して叫んだ。

***

 山姥切くんの突拍子のないお願いについて、ぐるぐると考えていた。
 刀剣男士が誰かに婿入りするにはどうしたらいいのだろう。そういう例はあるのだろうか。よその本丸との交流が乏しいので、私にはそういう情報があまり入ってこない。仲良くしている審神者さんは小学生に上がりたての小さな女の子なので、相談するのは厳しいだろう。
 本日の戦績の報告をまとめる傍ら、端末の検索画面にキーワードを入力して、“刀剣男士の婿入り”について調べてみる。
 その結果を見たところ、同じ本丸の審神者と刀剣男士が結婚するという事例はままあるようだった。そういえば、万屋街や演練場で仲睦まじい主従を見たことがあったな、と思う。政府の公式ホームページには書類の提出方法まで詳しく書かれていた。手続きはなかなか複雑そうだが、もし山姥切くんの相手の女性が審神者なら、この方法で婿入りできそうだ。と思ったら、よその本丸の審神者相手だと話は変わってくるようだ。
 本丸所属の刀剣男士の結婚相手が他の本丸の主であったり、一般人であったりという事例は結局見つけられなかった。探し方が悪いせいか、相当珍しい、もしくは難しい事例なのかもしれない。
 集中して画面を見ていたせいか、目が少し疲れた。ぱちぱちと瞬きしながら、マウスをクリックして見ていたページを消す。
「……婿入り……」
「? なんのことですか?」
 考えていたことが口に出ていたらしい、今日の近侍を務めてくれている堀川くんが不思議そうに尋ねてくる。あなたの兄弟がどこかの女性に婿入りを希望しているんです、と伝えたら、彼はどんな反応をするだろう。
 とりあえず、身近な刀剣男士の意見を聞いてみようと、名前を伏せて別の本丸での一例のように山姥切くんの一件を話す。
「なるほど。それで婿入りですか……僕はそういう考えになったことがないのでわかりませんけど……」
 そう前置きして、堀川くんは続けた。
「件の刀はその女性のことが好きで好きでたまらないみたいですからね。きっとその人のところに行きたいと思っているんじゃないでしょうか」
「そう、ですよね……」
 その言葉に、ため息が自然にこぼれてしまう。
「うーん。とすると、やっぱり……」
 独り言のようにつぶやく。
 私は山姥切くんに協力すると約束したし、言葉のとおり、そのためにできる限りのことをするつもりだ。だけど……そうなると彼は、この本丸から出ていくことになるのではないか。
 そんなことを考えながら、目の前にある端末の画面をじっと見つめる。彼がいなくなる――それはとても寂しいことだと思った。
「……その人と結ばれれば、彼は幸せになるんですかね」
「どうでしょうね。好き同士だからといって、必ずうまくいくとも限らないと思いますよ」
 堀川くんの声は冷めていた。話の中の刀剣男士とその女性の仲を応援するつもりはないらしい。
 それにしても、これはなかなか難しい問題だ。山姥切くんが望んでいるのは彼女の夫となることなのだ。
「難しいですね。その刀剣男士の気持ちを考えるなら、私は彼の主をやめるべきなのでしょうけど……」
 審神者と刀剣男士の間には主従契約的なものがある。それがある限り、有事の際、山姥切くんは主である私を優先してしまう可能性がある。彼は真面目で優しい刀なのだ。だが、自分の恋人――恋刀というべきか――が、自分以外の女を構うのは相手の女性としてはどうなのだろう。嫁姑問題に出てきそうな姑になるつもりはないが、私の存在はおもしろくないに違いない。
 まだ先の未来について思いを馳せていると、堀川くんは驚いたように声をあげた。
「え? ちょっと待ってください主さん。今の、うちの本丸の話だったんですか?!」
「あっ、はい、実はそうなんです。プライベートなことなので、あまり特定できない方がいいかと思いまして……」
「あ、あはは……確かにそうですね」
 苦笑いを浮かべて、彼は頬を掻いた。
「うちの本丸ってことは、この話の刀剣男士って、ひょっとして兄弟だったりします? 山姥切の方の」
 私の顔を覗き込み、堀川くんが問いかけてくる。ずばり図星だったので、思わず固まってしまう。
「あー、肯定も否定もしなくていいですよ。えっと、もう少し詳しく話を聞いてもいいですか?」
 そう言われて、彼の話を思い出しながら詳しく説明をした。話を聞いた堀川くんは、少し考えるような仕草を見せた後、口を開いた。
「婿入りだなんて突拍子もないことを考えちゃうその刀剣男士、僕が思うに、絶対に相手のその人のことを手放すつもりはないと思いますよ。とりあえず、主さんはもう一度その相談主と話をしたほうがいいですね」
 やわらかな眼差しをこちらに向けて、彼は言う。
「そうですか……はい、わかりました。そうしてみようと思います。堀川くん、お話聞いてくれてありがとうございました。……もう少し作業したら、一度休憩にしましょう。実はおいしいお茶菓子があるんですよ」
「わぁ! 楽しみです」
 堀川くんはにっこりと笑ってくれた。

***

 その日は静かな夜だった。
 庭の草むらで虫たちが切々と鳴いているのを聞きながら縁側を歩く。靴下をはいていても板張りの床は冷たい。今日は一段と肌寒いなと思っていると、ひとりきりでいる山姥切くんを見かけた。
「ちょうどいいところに。今お時間いいですか?」
「ああ」
 私はさっそく堀川くんのアドバイスどおり、話をしてみることにした。
「あの、山姥切くん。この間の相談の件なんですけど、私なりに少し考えてみました。それで、その……山姥切くんは、その方のところに婿入りしたいということでしたが……その方と結ばれれば、あなたは幸せになれますか?その方は、あなたのことを受け入れてくれますか?」
 私が立て続けに尋ねると、山姥切くんは驚いたような表情を見せた。
「……あんたは」
 目を伏せて彼は続ける。
「…………あんたには、俺が幸せになれるかどうかが大事なのか」
「とても大切なことですよ」
 即答すると、山姥切くんは少し黙った後、再び口を開いた。
「……俺は、彼女と一緒にいられれば、それだけで幸せなんだ。たとえ他の誰に理解されなくても、受け入れられなくても、彼女さえ傍にいてくれたら、それで構わない。だから、その点については心配していない。問題は、彼女に俺を好きになってもらうことだ。だが、そのための努力は惜しまないつもりだ。……これで答えになっているだろうか?」
「……十分です。ありがとうございます。今の話を聞くと、その方はまだ山姥切くんのことを好きかどうかはわからないんですね? せめて、その方の気持ちが少しでもわかればいいのですが……」
「そうだな……。嫌われてはいないと思う。だが、恋愛的な意味で好かれているかと言われると、自信がない」
 山姥切くんは私を見ながら、困ったように眉を下げた。
 彼はとても真剣に考えているのだ。私もできるだけ力になりたい。
 しかし、どうしたものか。その女性は、彼に対してどんな感情を抱いているのだろう。山姥切くんの話を信じるならば、少なくとも嫌いではないのだと思うけれども……。
「嫌われていないというのは重要ですよ! 山姥切くんは真面目で優しくて、なにより格好いいですからね。ガンガン押していけば、その方もコロッと落ちてくれますよ!」
「……! 本当か!? 本当にそんなふうに思ってくれているのか?」
 私の言葉に、山姥切くんはぱあっと顔を輝かせた。
 自分で言っていて恥ずかしくなってきたけれど、事実なので仕方ない。ただし、これはあくまで私の意見であって、彼の想い人の意見ではないので注意が必要だ。
「その気になってもらう方法はおいおい考えるとしまして……えっと、燭台切さんとか乱ちゃんとかに、それとなく相談してみますね」
 山姥切くんは、私の言葉にこくりとうなずいた。
「それでですね。婿入りの件なんですが」
 話を戻すと、先ほどと同じように彼は目を見開いた。
「実際にあなたが婿入りしたときのことを真剣に考えてみました。もしそうなった場合、私はあなたの主をやめるべきではないかと思いましてですね……」
「えっ」
 そう言うと、山姥切くんは呆けたような声を出した。
「……えっ」
 そして、そのまま固まってしまった。庭の虫の鳴き声が一瞬大きく聞こえた。
「え? あの、どうしたんですか? 大丈夫ですか? ……えっと、続けますね。今、山姥切くんは私と主従契約的なものをしていますよね。それを切ってですね……あ、これが重要なんですけど、相手の女性は審神者としての力はありますかね? こういう言い方は好きではありませんし、この方法は使いたくないのですが、もしその方に能力があるようでしたら、山姥切くんをその方に譲渡する、」
 譲渡、という言葉を口にした瞬間、山姥切くんがはっとしたような表情でこちらを見た。
 彼は私の言葉を遮るように口を開いた。
「それは駄目だ!」
「……え?」
「絶対に嫌だ!」
 その声はとても大きくて、静かな夜によく響いた。それはまるで、私の話を、私の声をすべて否定するような勢いだった。
 山姥切くんは、少しだけ泣きそうな顔で、震える声で言った。
「……やめてくれ」
「……え」
「…………そんなことは、言わないでくれ」
 震える声だった。そのまま山姥切くんは俯いてしまった。
 私はというと、突然のことに驚いてしまって、何も言えずにいた。どうしてこんな反応するんだろう。とにかく、私がとんでもない失言をしたのは確かだった。
「すみません。私、とても考えなしなことを言いましたね……最低でした」
 山姥切くんが何を考えているか全く読めなくて、私は混乱していた。沈黙がしばらく続いたあと、山姥切くんはゆっくりと顔を上げた。
「……すまない。少し取り乱してしまった。……あんたが俺を思って考えてくれたことには感謝している。……だが、俺を手放すなんて、決してしないでほしい。俺はあんたに必要とされているだけで十分だ。俺のために、俺との主従関係を解こうなど考えないでくれ。絶対に」
 そう言って、山姥切くんは寂しげに笑った。
「わ、わかりました。こちらこそ、先走ったことを言ってしまい、すみませんでした。二度と、こんなことは言いません。……私、山姥切くんに全然協力できてないですね。あなたは相談なんてあんまりしない方だから……力になりたいと思っているのは本当なんですよ」
「……ああ、あんたはそういうやつだよな」
 山姥切くんは苦笑いを浮かべた。
 でも、顔はどこかほっとしていたようにも見えた。
 その後、山姥切くんとは何事もなかったかのように別れた。
 彼の珍しい大声を聞いて、数振りの男士が心配そうに様子を見に来てくれたが、彼らには曖昧に笑って濁した。

***

 山姥切くんとの一件があってから、私は彼とうまく喋れなくなってしまった。今までずっと普通にできていたことなのに、なぜか急に彼との接し方を忘れてしまったみたいだ。
 私はできるだけ彼と顔を合わさないようにして、ふたりきりにならないように慎重に行動し、彼を避けるようになった。本丸で過ごす時間も減らした。理由は現世での仕事が忙しいから、と言うだけで済んだ。実際、休職する同僚の仕事を代わりにすることになったので、嘘ではなかった。
 山姥切くんは、私が彼を避けていることに気づいているようだった。しかし、特に話しかけてくることもなく、ただ静かに私の様子を窺っているだけだった。
 今後の予定表を見ると、彼に近侍当番がまわるのは当分先のことだった。しばらくはふたりきりは避けられそうで安心した。
「あるじさま、山姥切となにかあったのですか」
 時折、遠慮がちに男士たちに尋ねられるようになった。本丸のほかのみんなもさすがに私と山姥切くんがぎくしゃくしていることに気づいたらしい。気遣うような視線を感じることもあった。
 本丸を支えるはずの審神者とその初期刀が不仲となっては、みんなも不安に思うだろう。いろんなひとに心配かけていることが心底申し訳なく、自分の不甲斐なさに腹が立った。

 そうして、ぎこちない関係のまま、一カ月が過ぎようとしたときのことだった。
 現世での仕事が終わったので、いつもの時間に本丸へ行くという連絡をするため携帯端末を開くと、留守電にメッセージが入っていることに気づいた。
『主、山姥切国広だ。どうしても聞いてほしいことがある。忙しいところ悪いが、つき合ってほしい。あんたの仕事が終わる頃にそちらへ迎えに行く』
 山姥切くんからの伝言だった。
「えっ!?」
 思わず声が出てしまった。
 彼がわざわざ私に連絡してくるのはとても珍しいことだった。
 なんだろう。まさか、ついに山姥切くんの想い人を紹介されるのだろうか。想像上の大和撫子に思いを馳せる。
 きちんとした服装に着替えるべきか。それとも、山姥切くんが緊張しないように和やかな雰囲気を作る演出を考えるべきか。
 ……その前に、今の私は彼とちゃんと話せるのだろうか。
 なんとなく職場の外に出ることに躊躇いを覚えながら、重い足取りで建物から出た。
 入口前の歩道にある電信柱の近くに、山姥切くんは立っていた。現世に来ているので、いつもの戦装束ではなかった。シンプルな黒いシャツに、ジーンズというラフな格好をしていた。なんてことのない服装なのに、とてもよく似合っている。
 布を被っておらず、整った美しい素顔をさらした彼は往来の注目を集めていて、居心地が悪そうだった。道行く女性たちが、ちらちらと彼の方を見て、ひそひそと話をしている。
 いつから彼はここで待っていたのだろう。私は慌てて駆け寄った。
「すみません、遅くなって……待たせてしまいましたか」
 驚いた様子の周囲の人たちに心の中で違うんです、とよくわからない言い訳をする。
 まるで待ち合わせしていたみたいな声かけになってしまったが、自分が思ったよりもちゃんと話しかけられた気がする。私はそっと胸を撫で下ろした。
 山姥切くんは、私に気づくと目をすっと細めた。
「いや、それほど待っていない。気にするな」
 それだけ言うと、彼は私に背を向けた。その背中は、少し強張っているように見えた。
 きっと、これから会う相手についていろいろ考えているんだろう。私もそうだ。山姥切くんは一度深呼吸して、それからゆっくりと振り返った。その瞳には、強い覚悟が宿っていた。私も彼が何を言ってもきちんと受け止めようと心を決める。

 言葉少なに、そのまま歩き出した。私の歩幅に合わせてくれているのは、山姥切くんの優しさだろうか。
 彼が選んだのは、小洒落た喫茶店だった。私は初めて入る店だ。山姥切くんはどこでこの店を知ったのだろう。想い人の彼女と一緒に訪れたのだろうか。彼に続いて店内に入ると、感じのいいBGMとともに、コーヒーとお茶のいい香りが漂ってきた。
 案内されたテーブル席に向かい合って座る。注文を取りに来た店員さんに、山姥切くんはアイスカフェオレを頼んで、私はミルクティーをお願いした。
 無言のまま、静かに時間が過ぎていく。山姥切くんはずっと私の方を見ていて、口を開けたり閉じたりを繰り返していた。
 じきに店員さんがお盆に注文した品物を持ってやってきた。丁寧な所作でグラスとカップを置いていくとそっと去っていく。その背中が遠くなるのを確認してから、私の方から切り出した。
「それで、お話とは何でしょうか」
 私はとにかく、そわそわしていた。いつ大和撫子が現れてもいいように、きちんとしていようと姿勢を正す。
 山姥切くんはじっと私を見つめたあと、ゆっくりと息を吐いた。
 そして、少し迷った後、意を決したように顔を上げた。
 真剣な眼差しで、山姥切くんは言った。
「あんたが好きなんだ」
「…………え?」
 一瞬、意味がわからなかった。
「……俺が写しだから、信用できないのか」
「いえ、そういうことではなくて……」
 頭から疑問符がぽんぽんと溢れ出すのを感じる。今、私は何を言われた?
 ぽかんとしている私には構わず、彼は続けた。
「俺は、あんたに顕現されてからずっと、あんたのことばかり考えていた。あんたが他の男と話していると、なぜだか胸がざわついて落ち着かない。あんたが笑えば嬉しいし、悲しそうにしていると苦しい。あんたのことを思うだけで、こんなに感情が動くなんて知らなかった。……俺は、あんたが、主のことが好きだ。大好きだ」
 山姥切くんはまっすぐに私を見た。
「え? 私……? あれ、想い人って、え? 大和撫子は……? そもそも婿入りとは……?」
 混乱する私を見て、山姥切くんは少し呆れたようにため息をついた。
「兄弟にも注意されたことではあるが……。あのな、主。俺の言い方が悪かったせいで、ずいぶん勘違いさせてしまったようだが、俺は、あんた以外のところに行くつもりはない。あんた以外の女など、考えたこともない。もし、万が一、俺が誰かと結婚するとしたら、それはあんただ。それ以外あり得ない」
 山姥切くんは、はっきりとそう言い切った。
 そして、私から視線を外して、小さく呟くように言葉を続けた。
「どんなときも傍にいる。最後まであんたの傍にいたいんだ……」
 その声が震えていた。
 私は思わず、机の上に置かれたままの彼の手を握った。勢いがよすぎたせいか、ソーサーの上のティーカップがかちゃんと音を立てた。
 彼が私に対してそんなことを思っているなど、考えたこともなかった。寝耳に水だ。でも私は彼が何を言っても、きちんと受け止めると決めていた。
 変なことを口走らないように努めて、自分の気持ちをゆっくりと言葉に表す。
「あの! ……私も山姥切くんのこと、好きですよ。ですが、この気持ちがあなたと一緒のものかと聞かれると、まだよくわかりません。なので、またいっぱい考えます。あなたと話をして、向き合って、ちゃんと考えます」
「……あんたは本当に真面目だな」
 山姥切くんは困ったような顔をして苦笑いをした。それから、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。そんな彼を見て、私は少しだけ安心した。
「じゃあ、あんたにもっと好きになってもらえるように、これからはガンガン押していくことにする」
「え?」
「だってガンガン押していけば、そのうちコロッと落ちてくれるんだろ?」
 山姥切くんは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、そう言った。

 

 私はその日から、山姥切くんに猛アタックされるようになった。
 ちなみに後から聞いたところによると、山姥切くんが突然“婿入り”を希望したのは、「婿入りすれば、ずっとあんたと一緒にいられると思った」かららしい。そっぽを向きながらも、彼は照れくさそうに教えてくれた。
 ついでに、その話をたまたま聞いてしまった通りすがりの鶴丸さんから、「きみたちはそろって、突然トンチキなことを言い出すよな!」と笑われてしまったことを明かしておく。「あんまり心臓に悪いことを言うのはやめてくれよ」自分のことは棚にあげて言う彼に、私たちは顔を見合わせたものだった。
 本丸のみんなは山姥切くんのことを全面的に応援しているらしい。しばしば真剣な表情で、彼になにかを言っている姿を見かけた。「大将は押しに弱いからな」「作戦は“ガンガンいこうぜ”だな!」そんな会話も聞こえてきた。山姥切くんは彼らの言葉に深く頷いていた。どうしていいかわからなくなるから、それはちょっと勘弁してほしい。
 山姥切くんは私がなにが好きなのか、どうしたら私が喜ぶのか、一生懸命考えて行動してくれているようだった。
 こんなに誰かに好きだと言われるのは初めてなので、最初こそ私はそんな彼に戸惑っていた。けれど、今は素直に嬉しいと思う。一途にこちらを考えてくれる彼が、なんだかとても健気で可愛らしく見えてきて、私は本当にコロッと落ちてしまいそうになった。……というより、とうに落ちている。もともと、彼のことは好ましく思っていたわけだから、当然の結果だった。
 でも、まだまだ可愛らしい山姥切くんを見ていたい気もするので、もう少しだけ我慢して黙っておこうと思う。