姥さにつめ - 4/5

赤い糸

 

 短い遠征へ出かけたときのことだった。ふと視界の端に妙なものが映り、思わず俺は目を瞬かせた。
(……なんだ、今のは)
 宙にぶらりと浮いているのは赤い糸だった。その先を追えば、村娘の左の小指につながっている。この娘だけではなく、道を行き交う人々全員の小指から伸びているようだった。糸はそれぞれ別の方向に続いている。中には隣同士でつながるものもあれば、遠く離れているものもあった。
(運命の相手と結ばれるという、あれか?)
 以前、主が言っていたことを思い出す。小指から伸びる見えない糸は、その人間にとって最も大切な人と結ばれているというものだ。だが、それはこんな風に見えるものなのか? 今まで見たことが無い光景に戸惑ってしまう。
「どうした、山姥切。そろそろ帰城するぞ」
 遠征隊長の鶴丸国永に声をかけられ、ハッとして我に返る。すでに他の面々は出発の準備をしていた。俺は慌てて皆の後を追いかける。その時に、仲間の指にも赤い糸が出ているか確認したが何も見えなかった。代わりに橙色の糸が伸びていた。俺の手にも伸びている。いつの間に巻き付いていたのか。
 不思議に思いながらも仲間のあとに続いてゲートをくぐった。

***

 遠征から戻ると通りすがりの獅子王から「今日のおやつはあんみつだぜ。食べてこいよ」と言われた。隊長の鶴丸が主へ報告をするため執務室へと向かい、他の隊員はおやつを食べに食堂へ行くことになった。主の左手が気になった俺は鶴丸について行こうとしたが、「報告くらい俺に任せておいて、きみはみんなと一緒に早く食堂に行ってくれ」と言われて仕方なく引き下がる。
 食堂で厨番が用意してくれた甘味を食べる。厨番の左手にも、あんみつを食べている他の仲間たちの左手にも橙色の糸が見えた。橙色の色は全部同じ方向に伸びていた。
 ただ遠征先で見た赤色の糸はなぜか本丸には見当たらない。
(なぜ色が違うんだ……?)
 考えても答えが出るはずもなく。俺は考えるのをやめて目の前のおやつに意識を集中することにした。
 小腹を満たしたあとは主の部屋へ向かうことにした。やはり主の左手が気になる。
 主の自室の前まで来た俺は、扉の前で立ち止まると中にいるはずの主に向かって声をかけた。
「主、俺だ。入ってもいいか?」
「はい。大丈夫ですよ」
 許可を得たので主の部屋に足を踏み入れる。主は机に向かい書類仕事をしていたようで、筆を置いてこちらを振り返った。机の上に置かれた主の左手に目を向けると無数の橙色の糸が伸びているのが見えた。そのうちの一本は俺の左手につながっていた。なんだか嬉しいようなこそばゆいような気持ちになって視線をそらす。主はそんな俺の様子を不審に思ったようで首を傾げた。俺は咳払いをしてから口を開く。
「……ところで主、俺の勘違いかもしれないのだが……その、あんたの左手の小指に何かが絡まっているように見えるんだが……」
 主は俺の言葉に一瞬きょとんとした表情を浮かべると、自分の手をじっと見つめた。
「? 私にはなにも見えませんが……。山姥切くんにはなにか見えてるんですか?」主は自分の左手を顔の前にかざしてまじまじと眺めた。しかし、彼女にはなにも見えないらしく、不思議そうな顔で俺を見つめてくる。俺は少し迷ったが正直に答えることにした。
「ああ……俺にはあんたの左手の小指からたくさんの橙色の糸が伸びているのが見える。……あ」
「どうしました?」
 彼女の手から伸びる橙の糸の中に混じって、赤い糸が一筋だけあった。それが誰と繋がっているのか気になったが怖くて調べようという気は起きない。主の運命の相手なんて一生知りたくないと思った。
「……なんでもない」
 主の左手を取って、その小指に結ばれた赤い糸を見る。その先はずっと遠くまで続いていて終わりが見えない。主は不思議そうに俺の顔を見た。その瞳に自分が映り込んでいることに満足する。俺はその糸を手繰り寄せるように主の体を抱き寄せて唇を重ねた。

 

目次に戻る