本丸小景 #1

 カレーライス — 審神者と山姥切
 
 職場からの帰り道、どこかの家からカレーの良い匂いが漂ってきた。思わずお腹がぐうっと鳴る。
 この匂いを嗅ぐとどうも無性に食べたくなるから困る。私は頭を振って本丸へと急いだ。早く帰って、日課をこなさなければ。
「ただいま戻りました」
 本丸に到着し、早速執務室に向かう。仕事を始める準備をしていると、不意に声をかけられた。
「おかえり、主。まずは腹ごしらえだ。食堂へ行くぞ」
 そう言って私の手を引いたのは近侍である山姥切国広だった。「まだ一つも日課をこなしてないんですけど……」と言いつつも大人しく手を引かれていく。
 食堂に近づくにつれ、良い香りが強くなっていく。この匂いは帰り道で嗅いだものと同じだ。
「今日はカレーですか?」
「ああ。そう聞いている」
「そうなんですか! ちょうど食べたいなあって思っていたところなんですよ!」
「……それなら良かった」
 心なしか山姥切さんの表情が緩んだ気がする。私は珍しいものを見たような気持ちになってまじまじと見つめてしまった。その視線に気づいて、彼は顔を背けてしまう。
「早く行くぞ。せっかくの料理が冷めてしまうだろう」
「あ、はい!」
 私は慌てて彼の後を追った。
 
 
 
 夜食 — 審神者と小夜
 
 深夜一時。暑さでどうにも寝苦しく目が覚めてしまった私は、水を飲もうと厨へと向かった。
 薄暗い廊下に一筋の明かりが見えたので目を凝らすと、そこにいたのは小夜くんだった。
「こんな時間にどうしたんですか? 眠れませんか?」
 私が声をかけると、びくりと肩が震えるのが見えた。
「……あなたこそ、どうしてここにいるの?」
「なんだか暑くて、喉が渇いてしまって。水を飲みに来たんです」
「そう。僕も一緒……」
 と、そのとき。ぐう、と可愛らしい音が聞こえてきた。音の出どころは言わずもがな。
「本当はお腹がすいてたんですね?」
「……うん」
 恥ずかしそうに俯きながら小さく返事をする小夜くん。私は思わずくすりと笑ってしまった。
「じゃあ、何か作って食べましょう。確かご飯の残りがあったはず。温かいほうじ茶でもかけてお茶漬けにしましょう。おこげ付きのご飯なので美味しいと思いますよ」
「……ありがとう」
 照れくさそうに笑う彼を見て、私はますます頬が緩むのを感じた。
 
 
 
 わくわく/部屋の隅/害虫駆除 — 審神者と山姥切
 
 今日は大掃除の日だ。普段使わない部屋や物置になっている場所などを中心に掃除していく。
 毎日それなりに当番の刀剣男士たちと掃除してはいるが、ホコリは積もりやすいものだ。隅の方にたまったそれらをきれいにしていくのは大変だ。だが、なかなか楽しい。今日も今日とて当番の男士たちが楽しげに床を拭いたりしているのを見ながら、私は黙々と作業を進めていた。
 一部屋ずつ回り、ホコリを落としていく。そして最後の部屋に足を踏み入れたときだった。
「……?」
 今、何かが目の前を横切ったような気がする。気のせいだろうか。そう思いながら部屋の中を見回すと、隅の方でカサコソという音を立てている黒い物体を見つけた。
「ひっ!」
 思わず悲鳴を上げると、その声を聞きつけたのか、近くにいた山姥切国広が駆け寄ってきた。
「どうかしたか」
「あの、あれ……」
 私は部屋の隅の方を指差す。すると、彼はすぐに状況を察してくれたようだ。
「ああ、あいつか。任せておけ。あんたは少しの間、部屋の外で待っていてくれ」
「わかりました。お願いします」
 私は言われた通りにその場を離れ、扉を閉める。その瞬間、バシン! と大きな音が響き渡った。
「よし、終わったぞ」
「山姥切さん、ありがとうございます。お疲れ様です」
「これでしばらくは大丈夫だろう」
「良かった。ところで、先ほどの黒いアレはなんだったんですか? 虫、とは少し違うような気がしましたが」
 私の問いかけに、彼はふっと口角を上げた。
「さあな」
 
 
 
 ツインテール — 審神者と太郎太刀
 
 とある日の朝。あくびを噛み殺しながら廊下を歩いていると、「おはようございます」と落ち着いた低い声が響いた。顔を上げれば、そこにはいつもどおり涼しげな顔をした太郎太刀の姿が。
「寝不足ですか」
「いえ、そういうわけでは……」
「夜更かしはほどほどに。みなが心配しますよ。それでは失礼します」
 短い会話を済ませると、太郎さんはそのまま立ち去っていく。さらりと長い髪が揺れる。相変わらず綺麗だなあと思うと同時に、違和感をおぼえた。
「……ん?」
 なんで太郎さん、ツインテールにしてるんだろう?
 
 
 
 待ち合わせ — 長義さに
 
 毎日本丸で顔を合わせているというのに、別の場所で会うとなると何だかそわそわしてきてしまう。
 約束の時間まで十五分以上ある。早く着きすぎてしまったかもしれない。落ち着かない気持ちのまま、私は時計を見つめていた。
「主」
 突然声をかけられて振り向くと、そこには待ち人である山姥切長義の姿があった。
「早いですね」
「君こそ」
「……ふふっ、なんか変な感じですね。デートみたいです」
 思わず口走ってしまった言葉に私はハッとする。けれど、長義さんの表情を見る限り特に気にしていないようで安心した。だというのに、「用事を済ませたら、カフェでお茶でもしようか。デートみたいに」なんて言うから、私はさらにドキドキしてしまうのだった。
 
 
 
大人の階段 他本丸の刀さにがほんの少し — 審神者と他本丸の審神者
 
 よく演練で一緒になる審神者さんが急に大人びたというか、なんだか色気のようなものが増したような気がした。世間話のついでにそのことを話せば、彼女は困ったように笑みを浮かべ、小さな声で「……彼氏ができたからかも」と呟いた。聞くところ、その彼氏とは刀剣男士らしく、すでに一線も越えているらしい。彼女は一度話してしまったら誰かに聞いてほしい気持ちになったらしく、それから堰を切ったかのように喋り始めた。大体が閨事の話で、経験のない私は適当に相槌を打ちながら聞き流していた。だって、あまりに刺激が強すぎる。
 演練が終わり、彼女と別れて、演練部隊と共に帰路につく。近侍の謙信景光に「あるじ、かおがあかいぞ」と指摘され、思わず「なんでもありませんよ」と返した。
 ……私にもいつか、そういう関係になれる相手が現れるのかな。
 
 
 
ティータイム — 審神者と燭台切光忠
 
 料理上手の刀剣男士たちの間でなぜか空前の英国式アフタヌーンティーブームが巻き起こっている。今日の茶菓子担当である燭台切光忠は、紅茶の用意をしながら鼻歌を歌い上機嫌だ。
「主、お待たせ。ダージリンとアッサム、どっちがいい?」
「えっと、じゃあダージリンでお願いします」
「オーケー」
 慣れた手つきで準備をする彼を眺めていると、視線を感じたのか、彼はこちらを見て「どうかしたのかい?」と首を傾げた。
「いえ、なんだか楽しそうだなって思って」
「ああ、楽しいよ。君との時間はいつだってね」
 さらりと甘い言葉を言われ、思わず赤面してしまう。「ありがとうございます」なんて返すのが精一杯で、私は恥ずかしさを誤魔化すように目の前に置かれたカップを手に取った。
 
 
 
沈黙のラーメン — 秋田と同田貫
 
 小腹が減ったので厨へ行くとそこには先客がいた。廊下との明るさの差に目を瞬かせながらそちらへ視線を向けると、内番姿の同田貫正国がコンロの前に立ち、鍋の中をじっと見つめていた。
 いい匂いが鼻腔をくすぐる。お腹がぐうとなった。慌ててお腹をおさえたけれど遅く、彼は振り返ることなく、「そんなとこで突っ立ってないで座れよ」と言った。言われた通りにテーブルにつき、無言で待つ。
 しばらくすると、「ほらよ」と目の前にどんぶりが置かれた。中には熱々の湯気が立つ美味しそうな醤油ラーメンが盛られている。ラーメンと同田貫とを交互見て「食べてもいいんですか?」と訊ねると、「早く食わねえと伸びちまうぞ」と返された。
 確かにその通りだ。秋田は箸を持ち、麺を持ち上げ口に入れた。ずるるっと音を立てて食べると、スープが絡んだ太めの麺が喉を通り抜ける。美味しい! と思っていると、向かい側の椅子が引かれ、同田貫がそこに腰掛けた。どんぶりをことりとテーブルの上に置き、勢いよく食べ始めた。
 ラーメンを啜る音だけが響く。秋田と同田貫は無言で食べ進めていく。やがてお互いに完食したところで、どちらからともなく顔を上げた。そして、目が合う。秋田は照れたように微笑むと「ごちそうさまでした」と言って手を合わせた。