「隊長、おかえりなさーい」
外から元気なあいさつが聞こえてくる。誰が帰ってきたか察した審神者は、出迎えのためにいそいそと玄関へ向かった。
玄関には初期刀である山姥切国広がいた。「おかえり!」と声をかければ、静かな目が審神者を見た。
「ああ、主か。今帰った」
「久々のひとりの時間、のんびりできたか?」
「ああ、まあ。……そら、土産だ」
歯切れの悪い返事とともに、紙袋が手渡された。包み紙にくるまれた箱が入っている。シンプルだが品のあるそれには、知る人ぞ知る万屋街の和菓子屋の店名が印刷されている。土産を受け取った審神者は、信じられないものを見たと思いながら、惜しげもなく美しい顔をさらす初期刀を見つめた。
「お、おまえ……一体どうしたんだよ!?」
「『なんかいい感じのもの買ってきて』と言ったのはあんただろう。和菓子なんだが、なにか問題でもあったか」
「いや、ない」
「じゃあいいだろ。俺はいったん部屋に戻る。……少し、濡れてしまったから」
無造作に畳まれたビニール傘が、壁に立てかけられていた。表面についた雫が玄関の床に染みをつくっている。山姥切が出かけた先の万屋街は、雨が降っていたようだ。
「雨、ひどかったのか。風呂入ってこいよ」
「そうさせてもらう」
ひと息ついて、自分の部屋の方へ歩いていく。その背中が、あまり元気がないように思うのは気のせいだろうか。なんとなく気がかりで見ていると、廊下の奥から宗三左文字が姿を見せた。なにか話しかけている。脇を通り過ぎていく山姥切を、宗三は振り返って見ている。
玄関にやってきた宗三は、開口一番に「あのひと、何かあったんですか」と言った。なにも知らない審神者は首を振った。宗三は山姥切の様子に思うところがあったらしい。
「それは?」
「山姥切からの土産」
両手に持った紙袋に視線を向けられ、宗三の前で紙袋を開けてみせる。中身をちらりと見た彼は「信じられませんね」と感想をこぼす。
「だよなあ」
「この店に、あれがひとりで入るとは思えません」
その和菓子屋は口コミではおいしいと評判だが、中が見えないぴったりと閉じられた扉に年季の入った風情のある暖簾と、一見さんお断りを感じさせる入りづらい店構えだった。入ってみれば店主と店員は気さくで温かな言葉をくれるらしいのだが、入店するのは身構えてしまう。もちろん、審神者は入ったことはない。緊張してしまうのだ。
山姥切国広はすでに極めており、自信をつけて修行から戻ってきた。だが、ひとりでそういう場に行くとは思えなかった。
「それにですよ、あなた。山姥切が土産にこんな洒落しゃれたもの、選ぶと思いますか」
「そう、それなんだよ!」
言っては悪いが、審神者のもとにいる山姥切は壊滅的にセンスがない。「なんかいい感じのもの買ってきて」のような抽象的な頼み方をすれば、一風変わったものを買ってくるのが彼だ。謎の石に、妙ちくりんな置物、よくわからない植物。彼はそれが「なんかいい感じのもの」だと思っていた。そして、プロテインに筋トレ道具……山姥切は脳筋だ。
審神者は玄関で迎えた彼を、からかってやるつもりだったのだ。それなのに、いつもと違うものを買ってきた。上品な包み紙の下にある菓子だ、きっと雅なものに違いない。
「……においますね」
「えっ、俺、臭い?」
「違いますよ。そもそも、山姥切はなぜひとりで万屋街へ行ったんです?」
「たまにはひとりで、のんびりしたかったんじゃないのか」
山姥切が外出許可を求めてきたのは、先週末のことだった。普段自分から希望を言うことがあまりない刀だったので、審神者はとても驚いたものだった。特に用事があるわけでもなし、当然、快諾した。彼がほっとした表情だったのを覚えている。
「早くから申請を出していたんですね。……誰かと待ち合わせをしていたのではないですか」
「待ち合わせって、誰とだよ。なんでそう思うんだ?」
彼が審神者以外のものと外へ出かけることはあまりない。あの山姥切に、本丸の仲間以外の知り合いがいるとは思えなかった。
宗三は玄関に置きっぱなしの傘に目を向けた。
「万屋街は雨が降っていたんですね。納得しました」
「なにが?」
「あなたは気づかなかったんですか。山姥切の肩、左側だけが妙に濡れていたことを」
「濡れたことは本人が自己申告してたけど……」
玄関にたたずむ山姥切の姿を思い返す。しかし、土産のインパクトが強すぎて、細かいところが全然思い出せない。閉じられた傘から雨粒がぽたぽた落ちているのを見て、雨だったんだな、と思っただけだ。
宗三があからさまなため息をこぼす。
「左側だけが濡れている。つまり、山姥切が右手で傘を持って、右側に誰かを入れてたってことになるでしょう」
「そうなの? え、じゃあそれって相合い傘ってこと? マジで? 山姥切が? 誰と?」
「僕が知るわけがないでしょう。あくまで推測ですしね。ですが、あれは誰とでもそういうことをする奴ではありません。自分の傘に入れるとするなら、好い相手なんじゃないですか」
「えっ、なに、恋人ってことか? マジか。山姥切がデートしてたってこと?」
審神者は頭上に何個もハテナマークを飛ばす。純朴で実直な初期刀が、知らない誰かとそういう関係になっているなど考えたことがなかった。
彼が万屋街になんの用事があるのか、審神者は聞いていなかった。宗三が語る推理は、あながち間違いではないかもしれない。
「マジかよ……」
つぶやく審神者に宗三は気だるそうに口を開く。
「まあ、心配することはないのでは。あれはあなたのための傑作、と言ったのでしょう。……山姥切は隠しごとをすることはありますが、嘘はつきません」
「そういう心配じゃないんだけど。うん、まあいいや。話したくなったら、あいつから言うだろうし」
審神者にとって、山姥切国広は大切な初期刀で良き相棒だ。もし本当に好い相手がいるのだとすれば、彼が選んだそのひとはきっと良いひとに違いない。……かなり個性的なひとかもしれないが。
誰もいない廊下に目を向け、「まあ、なるようになるか」とつぶやく。隣で宗三が肩をすくめる気配がした。
| 下記の都々逸より ひとりで差したるから傘ならば片袖ぬれよう筈がない(詠み人知らず) 遊泳舎編、いとうあつき イラスト『26文字のラブレター』遊泳舎、2019年 |
2021/05/22
目次に戻る