庭から聞こえてくる賑やかな声に誘われるように部屋を出る。初夏の日差しを避けるがごとく、死角からこっそりと様子をうかがうと庭に面する縁側に大きな笹が立てかけられていた。「立派な笹だなあ!」感心したように太刀が歓声を上げ、「山伏が切ってきたそうですよ」と打刀がそれに答えている。近くの縁側では短刀や脇差の子たちが色とりどりの紙を床に広げて、何やら作業をしていた。
(もうじき七夕だなあ)
審神者は思い出したように心の中でつぶやいた。輪飾り、ちょうちん、吹き流し――昔、家や学校で飾りを作ったことを懐かしく思う。そういえば、短冊に「天の川」とか「彦星」とか「織姫」と書かれているのを見たことがあるが、あれはどういう意味なのだろう。見立てなのか。
楽しそうでなにより。自分の刀たちの健やかな様子を見て、審神者はそっと執務室へと戻った。
やるべき業務を終えて、読書に勤しんでいると、障子の外から声がかかった。
「主、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
平野の声だった。何か問題でもあったのかと顔をのぞかせれば、彼はさっと手の中の短冊を差し出してきた。
「こちらを主君に。庭に面した縁側に、山伏さんが山から切ってきた立派な笹があるんです。ですから、ぜひ主にも願いごとを書いていただきたいと思いまして」
断る理由もないので受け取る。平野はその小さな体に合った愛らしい笑みをにこりと浮かべると、恭しく一礼して去っていった。
「願いごと……」
受け取った赤い短冊を矯めつ眇めつしながら、文机前の座布団に腰を下ろした。
一年に一回の七夕で願うこと。何がいいだろうかと考えつつ、手慰みにペンをくるくる回す。
「これしかないか」
独り言ち、短冊に心をこめて丁寧に文字を書く。「この本丸の刀剣男士たちが毎日を無事に過ごせますように」。結局いつも思っていることを記した。我ながらありきたりな文面だと思うが、願いといえばこれしかなかった。他にも付け足したい言葉があったが、あまり盛り込んでは空の上のひとたちに呆れられてしまうだろう。
書き終えた短冊を携え、笹がある縁側へこっそり向かう。日は傾き始めていた。人の気配もない。縁側にはさまざまな飾りで彩られた笹が立てかけられ、倒れないように地面に固定されていた。
(きれいだなあ。みんな頑張って飾り作ったんだなあ)
感心しながら仰ぎ見る。西日の眩しさに審神者は目を細めた。そうして、腕を伸ばし背伸びをして、なるべく上のほうに短冊をくくりつけようと試みる。誰かに願いごとを見られるのはなんとなく気恥ずかしかった。
なかなかうまくいかないので、ちょうど近くにあった梯子に手をかける。そのとき、「またあんた、一人でやってんのか」と突然声をかけられた。前にもこんなことがあった気がするなと声の方に顔を向ければ、呆れたような顔をした御手杵が突っ立っていた。
「平野にまた叱られるぞ。短冊つけるんなら、俺がやってやるよ。ほら、あれだ。適材適所ってやつ」
梯子にかけた手を外し、そうだった、と胸中でつぶやく。彼には以前も雨漏りの修理を手伝ってもらったことがあった。審神者は素直に赤い短冊を御手杵に手渡した。「お手数をおかけします」そう言いかけたところで、言葉を変える。
「御手杵、ありがとうございます」
「任せとけって」
言うが早いか、ひょいひょいと梯子をのぼっていく。
「あの、そんな上につけなくてもいいんですよ」
「でも上の方につけた方が叶いやすいって、チビたちが言ってたぞ」
「そうですか。ええと、気をつけてくださいね」
はらはらと見守るが、心配は特に必要なかったようだ。御手杵はてきぱきと仕事を片付けると器用に地面に飛び降りた。
「よっと。……あんた本当に心配性だなあ」
「だってこの前あなた、落ちかけていたじゃないですか」
審神者が指摘してやれば、彼は「そうだったっけ?」とすっかり忘れてしまったとばかりに首をかしげた。
「あっ、そうだ主。俺は『戦で誉をたくさんとる!』」
「急になんです?」
いきなり抱負を叫んだ御手杵に驚きながら、同じように首をひねる。彼は笑って答えた。
「俺が書いた願いごとだよ。あんたのやつ、見ちまったからさ。これで相子な!」
「ああ~……。あなたも結構、律義な方ですよね」
思わず審神者も笑った。
「七夕、いい天気になるといいですね」
「だな~」
湿った空気のなかを白南風が駆け抜けていく。頭上で笹の葉がさらさらと揺れるさまをふたりして眺めた。
2021/07/07
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