引きこもり審神者の本丸の話 - 4/5

つま先立ち

 

 思いついた俳句を披露してみせたら、なぜか周りにいた奴らに笑われた。歌仙兼定には「雅のなんたるかがわかっていないようだね」と叱られてしまった。
 解せぬ。おもしろくない。不貞腐れた和泉守兼定がなんとなく足を運んだのは、本丸内にある書庫だった。この場所には、娯楽書に専門書、兵法書からこれまでの出陣に関する資料など、さまざまな書物、書類が収められている。
 いつか歌仙をぎゃふんと言わせてやろうと思いながら、とりあえず季語の本でも読んでみようかと書棚を眺めていると奥の方から誰かの気配を感じた。
 棚の影から様子をうかがう。そこには小柄な女がいた。この本丸の審神者だ。和泉守はまともに話したことがない。ついでに言えば、顔も見たことがない。最近になって姿を時折見るようになったが、彼女はたいてい執務室に引きこもっている。極度の人見知りだと聞いた。初期からいる刀はなぜか審神者を慕っているようだったが、和泉守にはわからない感覚だ。
 審神者は爪先立ちで必死に手を伸ばし、なにかを取ろうとしている。踏み台を使えばいいのに、と思ったがどうも誰かが持ち出しているらしく、室内には見当たらなかった。
「ダメかあ……」
 爪先立ちでは無理だと悟ったのか、審神者はぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。その様子を見て、無理だろと口には出さずにツッコミを入れる。それが伝わったのかどうかは知らないが、審神者はため息をついて跳ねるのをやめると、再び性懲りもなく手を伸ばした。
「う~~ん」
 和泉守の主は意外に諦めが悪いらしい。見たところ審神者がほしがっているものは、上の方の段にある「政府からのお知らせ」というラベルが貼られたファイルのようだった。
 こんな場面を目撃して無視するのもなんだか寝覚めが悪いので、和泉守は一人で奮闘している審神者に近づき、腕を伸ばして軽々とそのファイルを手にとった。近づいてみて改めてわかったが、審神者は思っていた以上に小柄だった。その身長は自分の胸元ほどしかない。
「……あ」
 目当てのものを取られたと思われたのか、しゅんとした声が静かに響く。「ほらよ」慌てて手にしたファイルを彼女の顔の前に出す。
「これが欲しかったんだろ」
 声をかければ、錆びついた歯車が無理やり回転するようにギギギと審神者が振り返る。そして、恐る恐るといった様子で和泉守を仰ぎ見た。その顔を見て、ぎょっとする。以前目撃したときも身につけていたが、今日も審神者は奇妙な面を顔に装着していた。この本丸の初期刀が愛する雅とは程遠い、何を考えているかわからない老翁の顔が描かれた不気味な代物だ。
「……ど、どうもありがとうございます」
 面の下から若い女のか細い声が聞こえる。それがまた薄気味悪く感じられる。和泉守は少したじろぎながら口を開いた。
「あんたのその面はいくつあるんだよ」
「いつも同じだと飽きるかと思いまして、7つあります。……一週間分、です」
「前見たのもそうだけど、こえーよ。もっとマシなのないのかよ」
 呆れながら言えば、彼女はうつむきながら答えた。
「私はこれで、いいんです……」
 頑なな声だった。不意に審神者が顔をあげた。やはり面が怖い。和泉守がわずかに身を引くのと同時に、彼女が手を伸ばす。軽くぴょんとジャンプして和泉守の手の内にあるファイルを引っつかみ、そのまま見たこともない速さで書庫を走り去っていく。その後ろ姿をぽかんと見送る。
「……あいつ、案外すばしっこいな」
 和泉守は思わず感心しながらつぶやいた。

 

2021/08/12
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