長義くんの手が私の頬にふれた。底の見えない、海のような色をした瞳がこちらをじっと見ている。
「いいかな?」と問われて、なにがいいのか全くわかっていないくせに、思わず頷く。長義くんはどこか満足そうに口もとをゆるませ、私のあごを少し上に持ちあげた。
ふと、くちびるにやわらかいものが重なる。それはすぐに離れたけれど、あいだを置かずにまた、ついばむように口づけられる。キスだ、と思ったのは三度目の口づけがくちびるに降ったあとだった。私は何も行動できずに、長義くんの整った顔をただ見ていた。
「きみは目を閉じないんだな」
目を細めて、つややかに微笑む長義くんは驚くほどうつくしい。なぜこのひとは私とキスなどしているのだろう。こんなうつくしいひとには、もっと相応しい相手がいるはずだ。たとえばテレビ画面の中の自信に満ちた人気女優。たとえばこの間演練で出会った、笑顔がかわいらしい女性審神者。……私ではないはずなのに、なぜか彼は私がいいのだと言った。
そして私も、釣り合わないとわかっていながら、彼がいいと思う。
ひざの上で固くなっている私の右手を、長義くんの手が覆う。黒い革手袋につつまれた彼の指が、ゆっくりと私の指をほどいていく。その間も口づけの雨は止まないのだから、彼は本当に器用なひとだ。
私はされるがまま、なにも返すこともできずに身を任せているだけ。恥ずかしさで顔がただただ熱い。
こういうときは、どう行動するのが正しいのだろう。だれかにキスをされるのは初めてだった。もちろん自分からしたこともない。
キスの仕方はだれが教えてくれるのだろう。みんな、だれから教えてもらうのだろう。どこで教わるのだろう。……長義くんもだれかから教えてもらったのだろうか。彼は政府の監査官として働いていたのだから、同じく政府で働くだれかとそういう関係だったかもしれない。
そんなことを考えていると、彼の動きがとまった。やさしく頬をなでられる。
「なにを考えているのかな?」
「…………長義くんは、どこでだれからキスを教えてもらったのかな、と考えていました」
隠しごとをしても彼にはすぐに見破られてしまうので、素直に答える。彼は少し考えるような素振りをしてから、静かに口を開いた。
「だれにも教えてもらっていないよ」
くちびる同士がふれあう。ちゅ、と小さく音が鳴った。
「……恥ずかしながら初めてだからね。俺はきみにしたいことをしているだけだ」
「わ、私もキスをするのはあなたが初めてです……」
「それならお互い、なにも気にするものはないな」
いつの間にか片手は握りしめられていた。その手を握り返す。指がからみ合う。
長義くんはやわらかに笑む。蒼い瞳はなにか言いたげに見える。
彼が口にした事実が背中をおす。つい思いきってしまった私は、長義くんのくちびるに自分のそれを重ねた。
2021/05/20
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タイトル(お題)はhttps://shindanmaker.com/159197からお借りしました。