冬の夜になると、万屋街は美しい電飾に包まれて幻想的な空間となる。事前に聞かされて知ってはいたものの、昼間の風景とはまったく違った赴きに思わず声を失った。
まさかここまで手の込んたものとは思わなかった。通りには光の道ができており、両脇に植えられた街路樹たちに取り付けられたライトが星のように輝いている。道行く人々はみんな笑顔であり、とても幸せそうだ。
「これはすごいですね……!」
眼鏡の奥の瞳をキラキラさせながら周囲を見渡す彼女の横顔を見ているだけで連れてきた甲斐があったものだと思った。忙しく働き詰めである彼女にとって、こういった時間を作ることは難しいだろうと思っていたが、案外あっさりとその機会を得られたことに安堵する。真面目で仕事熱心なところは彼女の美徳ではあるのだが、何かと一人で抱え込んでしまう癖があるため気が気でないのだ。
興味深そうにきょろきょろしながら歩いている彼女は普段と違って少し幼く見えて可愛らしい。そんなことを考えているうちに自然と手が伸びてしまっていたようで、指先が触れる寸前になって慌てて引っ込めようとしたら彼女に捕まってしまった。
「山姥切くん、見てください! あっちに大きなクリスマスツリーがありますよ」
いつもなら絶対にしないだろうに、主は俺の手に自ら触れてきて柔らかく微笑んだ。
「近くに行ってみませんか? ……ってすみません、つい触ってしまいましたね……」
照れたように笑う彼女が可愛らしく、離れそうになる手をとっさに掴んでしまった。
「構わない」
それだけ言うのがやっとだったが、嬉しさを隠すことはできなかった。顔が赤くなっていることは自覚していた。気づかれていなければいいと思いながらも、握ったままの手に視線を落とす。
ゆっくりと指先を絡めるように握り直してみる。主は驚いたようにこちらを見てきたが、すぐに目を伏せてしまった。嫌だっただろうかと不安になったがどうやらそういうわけではないようだ。彼女からもしっかりと力が伝わってくるため拒絶されているわけでもないことがわかる。安心した俺は再び前を向いて歩き出した主に着いて行った。
お互い無言のまま歩くこと数分後、目的地にたどり着いたようだったので足を止める。多くの人で賑わったそこには大きなクリスマスツリーがあり、さまざまな色の電球たちが楽しげに点滅を繰り返していた。
「きれいですね ……あっ、ここでクリスマスマーケットが開催されているんですね。ちょっとのぞいて行ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
繋いだ手が離されたことで寂しさを感じつつも返事をする。彼女は一度振り返ると「みなさんへのお土産を買いましょう」と人混みの方へ歩いていった。その後を追いかける。たくさんの露店が軒を連ねていた。食べ物を扱う店もあれば雑貨を売るようなところもある。
主は菓子を扱う店の前で立ち止まると真剣な表情を浮かべつつ物色し始めた。「レープクーヘン、プレッツヒェン……かわいい。シュトレン……みんなで食べられる……」などと呟いている。
そんな横顔を眺めつつ隣に目を向けると小間物屋があることに気づいた。彼女はしばらく悩みそうな雰囲気だったので、暇つぶしがてら店頭の商品を見ることにする。女性向けの雑貨を扱っているらしく、どれもこれもきらびやかで眩しかった。
そんななか、ふとあるものに目が留まる。それは小さな星型の首飾りだった。星の部分に寒色系の小さな石の装飾が施されている。隣の店の前で悩み続ける主の方に視線を移し、再びその首飾りを見る。これならば邪魔にならないし、きっと似合うはずだと購入する。
会計を終えたらしい彼女と合流して帰路につく。主は結局、シュトレンというケーキを買うことにしたらしい。帰り際には、通りかかった露店でツリーの飾りも購入していた。
「あまり見かけないものに出会うとついつい買ってしまうんですよね……。みなさん喜んでくれるといいのですけど」
困り眉になりながら笑う主を見て思わず口角が上がる。「あんたからの土産なら、みんななんでも喜ぶと思う」と言うと、「そうですかね?」と首を傾げられた。この人は自分の価値を理解していない節があるので心配になる。
「帰ったらみんなで食べましょうね。今日はお付き合いいただきありがとうございました」
頭をぺこりと下げる主に首を振って答える。
「礼を言う必要はない。俺も楽しんでいた。……そうだ、これを主に」
渡しそびれないうちに、と先程露店で買ったものを差し出す。不思議そうな様子の主の手を取り、包みを乗せれば慌て始めた。
「えっと……あの、これは……」
「少し早いがクリスマスプレゼント、というやつだ」
恥ずかしさを押し殺しなんとか言い切ったものの、やはり恥ずかしいことに変わりなく、俯きがちになってしまう。それでも彼女の反応が見たくてちらと窺うようにして見れば、驚きに満ちた瞳とぶつかった。
「あ、ありがとうございます……すごく嬉しいです。……開けてみてもいいですか?」
大事そうに包みを手に持つ彼女に頷くと丁寧に包装紙を開いていく。中から出てきた首飾りを取り出しまじまじと見つめたかと思えば、ぱぁっという表現が正しいほどわかりやすく笑顔になった。
「とても綺麗です。本当に頂いてしまっていいのですか? こんな素敵なもの……」
「あんたに貰ってほしいんだ。受け取ってくれないか」
恐縮しきった様子で言う主に念押しするかのように言えば、「大切にしますね」と微笑まれた。
「私から贈れるものがないので、また今度何か考えさせてくださいね」
申し訳なさそうにする彼女に対して、気にしないでくれと言いたかったのだが、言葉が出てこなかったため首を振るだけにとどめておく。しかし、何もないというのは納得できないようで、じっと考え込むように黙ってしまった。俺は主がこうして自分のことを考えてくれるだけで十分だというのに。
「ええと、こうするのはどうでしょうか」
パチンと両手を合わせて提案してきた内容は、俺にとっては願ったりかなったりの内容だったためすぐに了承した。それを聞いた彼女が嬉しそうに目を細めるものだから心臓が大きく跳ねてしまう。顔に出ないように気をつけなければ。
それから他愛もない話をしているうちに本丸へと辿り着いた。門を開ける前に主が立ち止まり、こちらを振り返る。
「では山姥切くん、次の土曜日に。……約束ですよ」
厨番にお菓子を渡しに行く、と主はこちらに軽く頭を下げたのち小走りで去っていった。その後ろ姿が見えなくなったところで大きく息をつく。柄でもないことはするものじゃないと思いつつ、次があるという事実に胸が弾むのを抑えられなかった。
(……土曜日……)
また一緒に出かける約束をした。次は新しくできたというカフェで一緒に食事をする予定だ。主がご馳走してくれるらしい。楽しみだ。
「……って、何を浮かれているんだ俺は」
我ながら女々しい。これじゃあまるで……。そう考えたところで首を振り、思考を打ち消した。