金木犀 #3 - 9/11

たこ焼き

 

 万屋街を歩いていると、どこからともなくいい匂いが漂ってきた。誘われるように視線を巡らせれば、少し先の方で屋台が開かれているのが見えた。どうやらたこ焼き屋のようだ。ソースの香りが食欲を誘う。
 立ち止まって、審神者は近侍が被る布を軽くつまんで引っ張った。振り返った彼に「休憩がてら、ちょっと食べていきませんか?」と提案する。彼は一瞬考える素振りを見せた後、「構わない」と首肯した。審神者と山姥切国広は連れ立って歩き出すとその屋台へと向かった。
 列の最後尾に並んで順番を待っている間、屋台にぶら下がるメニュー表を眺めていた。定番の味から変わり種までさまざまだ。
「ソースに醤油に、ポン酢に、塩レモン、ネギマヨ、チーズ明太子。いろんな種類があるんですね。山姥切くんはどれにしますか?」
「俺にはよくわからない。あんたが食べたいものでいい」
「そうですか。では定番のソースと、初めて見かけた塩レモンにします。半分こにしましょうね」
「わかった」
 やがて順番が回ってきて審神者はたこ焼きを二つ注文した。店主は愛想良く笑うと鉄板の上に油を引いて生地を流し込む。じゅうという音とともに香ばしい匂いが辺りに漂う。ほどなくして出来上がったたこ焼きを紙皿に移し替え、割り箸と一緒に差し出された。代金を支払って礼を言い、再び通りを歩く。
 いつか肉まんを食べた公園のベンチに腰掛けて二人はたこ焼きを頬張った。
「熱いですから、舌を火傷しないように気をつけてくださいね……あちっ」
「……あんたも気をつけろよ」
 熱々の出来立てをふうふうと冷まして口に運ぶ。
 外はカリッと中はふわふわとした食感。明石海峡産のタコを使っているらしいその風味豊かな味わいに舌鼓を打つ。次は塩レモンに挑戦してみようと決めてもう一口。今度は塩気のある爽やかな味わいが広がった。
「ソース味のあとに塩レモン味を食べると、さっぱりしていて美味しいですね。山姥切くんもぜひ食べてみてください」
 そう言ってたこ焼きの乗った紙皿を差し出せば、なぜか彼は黙って口を開けた。その意外な行動に審神者は一瞬面食らったが、頷いてたこ焼きを口元まで運んでやった。少し冷めたおかげか、食べやすくなっているらしく、山姥切は一口でそれを口に入れた。咀しゃくして飲み込んだあと、彼は静かに口を開いた。
「うまいな」と一言。
 その顔が少しだけほころんでいるように見えたので審神者は嬉しくなって笑った。

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