日が暮れてきた頃、俺は縁側に腰掛けてぼんやりと景色を眺めていた。見慣れているはずの庭もこうして見ると趣が違うように見える。
主のことを考えていた。普段は現世にいて、いわゆる通い審神者をしている彼女は今ここにはいない。そろそろ現世での仕事が終わり、こちらにやってくる時刻になるのだが。
(……迎えに行けば喜ぶかな)
彼女の驚く顔を思い浮かべてふっと口元を緩める。少し休憩してから出迎えに行こうと決めて立ち上がったところで声をかけられた。
「あれ? どこかに出かけるんですか」
振り向くとそこには鯰尾藤四郎がいた。内番着姿である。
「そういうわけではないんだが。ちょっと主を迎えに行こうかと思ってね」
「? もうすぐ帰ってくると思いますよ!」
「そうなんだが、まあ、気分転換みたいなものだよ」
彼は「ふうん」と呟いた後、意味ありげな視線を向けてきた。
「なんだ」
「えっと、なんか最近よく主さんのところに行くよなあって思いまして」
そうだろうか? と内心首を傾げる。確かに最近は執務室にいる時間が増えたかもしれない。だがそれは仕事のためであって、主に会いたいがために通っているわけではなかった。
……本当にそうだろうか。自分でも自分の気持ちがよくわからない。
俺の困惑を感じ取ったのか、鯰尾藤四郎は人好きのする笑みを浮かべるとぽんと肩に手を置いた。
「俺は応援しますよ!」
それだけ言って彼は去って行った。一体、何を応援しているというのだろう。疑問に思いつつも特に気にせずその場を後にした。
玄関を出て、鳥居を目指す。空を見上げると鮮やかな夕焼けが広がっている。こんなにも美しいものを彼女と一緒に見ることができたらきっと幸せなことだろうとぼんやり思った。
鳥居を超えた先にある転移装置のもとへと急ぐ。やがて前方に小さな人影が見えて自然と足取りが軽くなった。
「主」
呼びかけると彼女がこちらを見た。驚いたように目を丸くしている。
「どうしたんですか? 本丸で何か問題がありましたか?」
「いや、何も。俺が迎えに……」
そこまで行って口をつぐむ。
俺は今、何を言おうとした。まるで、俺が主に好意を抱いているかのような言い方だ。そんなはずはない。否定しようとして、できなかった。もしかして俺は――。
考え込む俺をよそに、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。その笑顔を見た瞬間、今まで感じたことのないような感覚に襲われた。胸の奥がざわつく。これは何だ。
どうしていいかわからず戸惑う。落ち着け。平静を取り繕うように小さく息を吐いた。
二人で並んで本丸までの道を歩く。
「夕焼けがきれいですね」
隣を歩いていた主がぽつりと呟いた。彼女の横顔は夕陽に照らされて赤く染まっている。
思わず目を奪われた。鼓動が激しくなる。ああ、やっぱり俺は。自覚した途端、全身の血が沸き立つように熱くなった。かろうじて「そうだね」と返事をしたが、まともに顔を合わせることができない。動揺を隠すように歩調を速めた。
(今はこの距離がちょうど良い、か……)
彼女との距離は近いようで遠い。だが今はまだこのままの関係で構わない。いつか、もっと近くなりたいと願うことはあるかもしれないけれど。
それでも、こうして穏やかな時間を過ごせることが幸せだと思える。俺は、俺の心は。
きっと彼女に恋をしている。