銀木犀 #2 - 4/4

もしも本丸に強盗が入ってきたら

 

 山城国サーバーの一角にある、とある本丸にて。現世で仕事をしている審神者が本丸に不在の間、刀剣男士たちは時々「不測の事態への対応マニュアル講習会」なるものを定期的に開催している。たとえば、調理中に厨で小火が発生した場合の対処法だとか、雨天時に本丸が雨漏りした場合の応急処置方法、あるいは地震が発生した時の避難経路の確認といった具合だ。これは審神者の命を守るために必要不可欠なことなので皆真剣に取り組んでおり、毎回講習のたびに新しい知識を吸収して成長を重ねている。
 そんなわけで、この日の研修ではある議題について討議が行われていた。それは「もしも強盗が本丸にやってきたらどのように立ち向かうべきか」というものだ。
 大広間には刀剣男士が一堂に会していた。彼らは真剣な表情で資料と正面に設置されたスクリーンとを交互に見つめている。
 司会進行役は政府での勤務経験のある元監査官、山姥切長義が務めることになった。
 スクリーンには本丸の見取り図(山姥切長義作成)が表示されている。審神者と刀剣男士たちの居住エリア、執務室、手入れ部屋など主要な設備はすべて書き込まれており、その周辺に印が付けられている。
 長義は手元の資料をパラリと捲ると淡々と説明を始めた。
「今回のテーマは『もしも強盗が本丸に入ってきたら』だ。皆も知っていると思うが、ひと月ほど前、審神者たちがよく利用するショッピングモールで強盗事件が発生した。犯行グループは4人組。拳銃を所持し、金品を奪うだけでなく客と従業員を殺害し逃走を図った」
 リモコンを操作し、事件の詳細がわかるネット記事をスクリーンに映し出す。被害者の中に幼い子どもがいたことを伝える記事を読み上げると、短刀たちから痛ましそうな声が上がった。しかし長義はそれを気にすることなく話を続ける。
「この手の犯罪において、ターゲットになるのはやはり若い女性であることが多い。そのため政府は女性審神者に対して防犯意識を高めるようにと呼びかけていた。また、男性であっても身内が巻き込まれれば気が動転してしまうことだろう。今回はそういった万が一の事態を想定している」
 ここでいったん言葉を切ると、ぐるりと周囲を見渡した。室内は水を打ったような静けさに包まれていた。誰もが固唾を飲んで長義の話に耳を傾けていた。その様子をざっと見てから、長義は再び口を開いた。
「通常、本丸には関係者以外立入禁止なんだが、だからといって完全に安全とは言い切れない。そこで、もしも強盗たちが本丸に侵入を試みた場合を想定して対処方法を考えていきたい」
 長義の言葉を受けて、薬研藤四郎が挙手した。
「質問なんだが、本丸は特殊な結界で覆われていて外部からの干渉はできないはずだろ? それなのにどうやって本丸に侵入するっていうんだ?」
「その通りだよ、基本的にはね。だが頑強なセキュリティシステムも万能ではない。先日の大規模侵攻で敵が本丸に攻めてきたように、システムの隙を突くことはできる」
 手元のタブレットを操作しながら、長義はスクリーンの画像を切り替えた。わかりやすい端的な言葉で説明していく。広間に「なるほど」「確かに」「盲点だった」といった感嘆の声が広がっていった。
「では、テーマについて考えていこう。まずはそこの君たち。君たちは本丸内で強盗に出くわしたらどうする?」
 指名されたのは加州清光、歌仙兼定、蜂須賀虎徹、陸奥守吉行、山姥切国広の五振りだ。彼らは互いに顔を見合わせると、「うーん」と小さく呟いた。
「先手必勝。とりあえず斬る」と加州清光。
「なぜここへ来たのか尋問した上で斬る」と歌仙兼定。
「相手が銃なら、こっちも銃で応戦じゃ」と陸奥守吉行。
「本丸は荒らされたくないから、なるべく一撃で仕留めたいかな」と蜂須賀虎徹。
「殺られる前に殺る。それが基本だ」と山姥切国広。
 彼らの意見を聞き終えると、長義は小さく息を吐いた。
「なるほど刀剣らしい回答だ。だが、いささか好戦的すぎるな。これが遡行軍や検非違使であればそれでいいが、今回想定されるのは人間だ。強盗とはいえ、刀剣男士である俺たちが人間を斬り捨てるわけにはいかない」
「主に管理責任が問われる可能性があるということですね」と平野藤四郎。真剣な面持ちで長義を見上げて言う。
「そうだ。たとえ正当防衛でも人間を刀剣男士が殺傷すれば、主の評価に関わる可能性もある。刀剣男士はあくまで歴史修正主義者と戦うために存在しているのであって、人間を一方的に殺戮するためではない。よって、刀剣が人を殺傷することは避けるべきことだ。これは刀剣男士としての在り方にも大きく関わる重要な事項だと考えてくれ。わかったかな?」
 皆一様にこくりと首肯した。「よろしい」と長義は満足そうに笑みを浮かべると再び手元の資料に視線を落とした。すると今度は乱藤四郎が手を挙げた。
「主さんに危害を加えられそうになった場合は斬っても問題ない?」
 その問いに、一瞬だけ場がざわついた。乱の隣に座す厚藤四郎も興味深げにこちらを見ていた。しかし当の長義は表情を変えることなく淡々と述べた。
「それは仕方がないな。ただ、斬ってもいいが、できるだけ重傷は負わせないように気をつけてほしい。本丸に来た目的や本丸への侵入方法など聞き出す必要が必ずあるはずだ。生け捕りにして情報を吐き出させるのが一番好ましい」
「ふぅん」
 納得してくれただろうか。長義はちらりと短刀たちの様子をうかがった。しかし、乱は口元に手を当てて思案するような顔をしていた。隣の厚も何か考え込むように俯いている。長義は内心ヒヤリとした気持ちを抱えながら二人に声をかけようとした。しかし、その前に一期一振が静かに手を挙げて口を開いた。
「我々は迅速かつ的確に敵を無力化する術を覚える必要がありますな」
 一期の言葉を噛み砕くように、近くに座っていた燭台切光忠が小さな声で言った。
「確かに、僕らにとって敵を斬ることは容易いけれど、人間相手にはそうはいかない。加減して取り押さえることが求められるんだね」
「相手を傷つけることなく拘束する技を身につけろということですか」と宗三左文字。一期はゆっくりと首を縦に動かした。
 そのときだった。大広間の後方からどこか興奮したような声が上がった。
「……つまり、僕の出番ということだね!」
 亀甲貞宗が満面の笑みで立ち上がり拳を握りしめていた。「ご主人様のためなら、僕は一肌でも二肌でも脱ぐよ! 縄の縛り方には少し自信があるんだ!」と叫ぶ。
 途端に、「おお!」「亀甲、すげーな!」と周囲から拍手喝采が起こった。長義は思わず頭を手で抱えてしまった。
 どうしてこうなった。どこでどう間違ったんだ。長義は自問したが、答えは出ない。気がつけば、どうしたら楽に敵を捕縛できるか、という議題へと切り替わってしまっていた。「鳩尾をぶん殴る!」「目潰しが有効かと思います」など過激な案が飛び出した。
 もう止められる雰囲気ではなかった。長義は大きく溜息をつくと、諦めの境地で講習会の進行を務めるのだった。

***

 それから一週間ほど経ったある日のことだった。たまたま近侍当番だった長義は、審神者の護衛として時の政府の施設へ赴いていた。本丸の防犯に関する書類を審神者が受け取る必要があったのだ。長義と審神者は受付で用事を済ませると寄り道することなく帰路につくべく、施設の外に出ようとした。
 そのときだった。
 絹を裂くような女性の声が響いた。そのあとに続いたのは悲鳴とも怒号とも言える金切り声だ。長義と審神者の周囲にいた職員たちが慌ただしく動き出した。長義が顔を上げると、ちょうど施設の出入り口付近で若い男が刃物を向けているところだった。男は黒いパーカーを頭からすっぽりと被っており、表情はわからない。ただフードの奥から見える目はギラギラと血走っていた。男は刃物を振り回しながら周囲を威嚇している。そのすぐ傍には腰を抜かして動けなくなった若い女性がいた。
「た、大変です!」
 今にも女性のもとに駆け出しそうな審神者を引き止め、長義は素早く冷静に周囲を観察し状況を把握した。
(敵は一人。政府施設に単独で来るとは愚かな……。それにしても、こんなに早く実践することになるとはね……)
 先日の本丸で行った強盗への対応を考える講習会の内容を思い出し、小さく嘆息する。
 この場にいるのは長義たちを含めて十人ほどだ。主である審神者に、政府職員、刀剣男士もいるが自分の主を守ることに手一杯だろう。なにせ相手は遡行軍ではなく、人間だ。斬りつけるわけにはいかない。他の客も逃げ惑うばかりでとても役に立ちそうにない。ならば自分がなんとかしなければ、と長義は考えを巡らせながらスラックスのポケットに手を突っ込み、すぐ出せるように入れていた小銭を指先で確かめた。
「主、ここから動かないで」
 小さな声で指示を出すと長義は一歩踏み出して男の前方に立った。同時に右手を前に突き出すと指に挟んだ硬貨をピンッと弾いて飛ばした。硬貨は一直線に宙を走り男の目元に命中して床に落ちた。
 瞬間、男はきょろきょろと周りに目を走らせる。何が起きたのか理解できない様子だ。長義はそのまま一気に間合いを詰めて、男の鳩尾を思いきり殴りつけた。
(この方法には賛成しかねたんだが、背に腹は代えられないか)
 脳裏に浮かぶのはあの講習会のときの記憶。敵の気のそらし方と気絶させる方法を提案した堀川国広と和泉守兼定がドヤ顔でピースサインする姿を幻視する。脳内の博多藤四郎が「銭はちゃんと回収するごと!」と眉を釣り上げる。
 長義は心の中ではいはいと返事をして、白目を剥く男を取り押さえながら、手近にあった延長コードを使って亀甲直伝の縛り方で拘束した。
(こんなものかな)
 一瞬脳裏に良い笑顔の亀甲貞宗が浮かんだ。長義は苦笑すると頭を振ってそれを振り払った。
 背後を振り返ると審神者も周囲の他の客たちも呆然と立ち尽くしていた。一番に我に返ったらしい審神者が慌てた様子で長義に近づき、「怪我はありませんね?」と確認してきた。
 幸い長義に傷一つなかった。長義は首を振ることでそれに答える。彼女は安堵の表情を浮かべると、すぐに腰を抜かしたままの女性のもとに駆け寄った。何か会話をしている。
 やがて職員が通報したのか、警察がやってきた。経緯の説明はその場にいた職員に任せ、長義は審神者を連れて早々に施設を出た。もちろん、投げた硬貨は回収済みだ。

 施設を出てゲートに向かう道中、不意に審神者が「長義さんはすごいですね」と言った。突然だったので長義は思わず足を止めてしまった。
 振り返れば、少し俯き加減の審神者の姿が映る。つむじが見えた。左向きに渦を巻いている。
 審神者はそのまま言葉を続けた。
「とっさの判断が早く的確です。とても頼りになります。長義さんの言うとおりにすれば間違いないんでしょうね」
 彼女の視線がゆっくりと持ち上がり、その瞳に長義を捉える。それは信頼に満ちた眼差しだった。真っすぐなその目に長義は自分の胸の中がざわめくような、それでいて温かくなるような不思議な感覚を覚えた。長義は小さく咳払いして口を開いた。
「主、褒めすぎだよ。俺はただ、俺にできることをしたまで。本丸の他のやつらでも同じことをしていたさ」
 ついこの間、本丸で講習会を開いたばかりだしね、と心の中で付け加える。
「それはとても頼もしいですね! これからもよろしくお願いします」
 審神者はふわりと微笑んだ。その柔らかな表情にまた心臓がどくりと鳴った。長義は平静を装いながら、「ああ、任せてよ」と答えたのだった。

 

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