薄暗い部屋には頼りない小さな灯りしかない。畳の上には布団がきれいに敷かれており、その上でぺたんと座り込んだ審神者は身動きできないでいた。心臓がやたらと騒がしい。心の中で何度も何度も「どうしよう」という言葉を繰り返している。彼女はとても焦っていた。
向かい側には山姥切長義が静かに座している。涼やかな瞳が審神者をじっと見つめていた。
「大丈夫かな?」
「は、はい」
気遣う声はどこまでも優しくて、情けなくなる。腹をくくったからこうして二人きりでいるというのに、どうしようもなく怖い。逃げ出したくてたまらない。
膝の上で手をぎゅっと握りしめていると、長義の意外と節くれだった手が審神者の手を覆った。
「俺がやろうか」
「じっ、自分で、自分でやりますっ……」
口から出た声は変に上ずってしまった。顔から火がでる思いだ。でもそれよりも恥ずかしいことをすでにしているし、もっと恥ずかしいことをこれから自分はしようとしている。
震える手を胸もとにやる。なぜボタンのたくさんついたワイシャツなど着ているのだろう。ボタンを外そうとするも、全然うまくできない。いっそTシャツか何かなら、さっと脱いでぱっと事に運べたかもしれなかったのに。見苦しくないだろうか、嫌になってしまわないだろうか。不安ばかりが胸中をよぎる。
いい歳だというのに服すら満足に脱げないことに絶望する。ふと視線をあげると長義と目があった。見られていることに気がついてしまい、ますます頬が熱くなる。
「ちょ、長義さんは脱がないんですか」
「じゃあ脱ごうかな」
ひょっとして自分ばかり恥ずかしいことをしているのではと思い促してみると、長義はあっさりと頷いた。
彼はいつもの戦闘服から武装を解除した姿だった。ストールも外している。上着を脱ぎ、襟元のリボンタイをしゅるりと抜き取るとなにかに思い当たったらしく、「しまったな」と呟いた。
しばし逡巡したのち、おもむろに長義はスラックスのジッパーをおろし始めた。思わずぎょっとしたが、どうやらガーターベルトをつけているらしい。身だしなみに気を遣っているのだなあと場違いにも審神者は感心してしまう。
長義はさくっとスラックスを脱いでしまった。実に潔く男らしかった。審神者も普段を考えれば十分薄着になっているが、彼にばかり脱がせているように感じられて申し訳なく思う。審神者は男女の交わりの経験がなく、知識も疎いのでこういう時の振る舞いがわからない。一体どうするのが正解なのか。この状況、本当はものすごく変なのではないか。
ワイシャツのボタンを淡々と外しながら、彼はちらと審神者を見た。
「そんなに気になる?」
言われてはじめて、彼のことを見つめていたことに気づく。審神者は慌てて目をそらした。長義はくすくす笑う。
「気恥ずかしくはあるが見てはいけない、なんてことはない。手入れの時、抜身の本体を見ているだろう」
胸もとをはだけさせた長義が審神者に近寄った。肩が派手に震えてしまった。怖いわけではないのに怖い。もうわけがわからない。
「格好がつかないとはこのことだろうな。今、俺はすごく滑稽な姿をさらしているのだろう。だが……ねえきみ、俺はそれだけね、きみの気持ちが嬉しかったんだよ」
手袋をつけたままの手で長義が審神者の頬を撫でた。距離が近くて、つい目を閉じる。彼の手のひらはひんやりとしていて心地よかった。
すぐ側で長義が息をついた。意気地のない審神者に呆れたのかもしれない。はじめて聚楽第の任務で出会ったときの冷ややかな声を思い出す。
だが審神者が思っているよりも長義はずっと優しかった。
「だから無理はしなくていい。俺はまだ待てる」
彼はきっぱりと言い、片手で審神者の握りしめられた手に触れ、ゆっくり指をからめていく。
「きみが緊張しいなのは知っている。でも覚えていて、情けないことだが俺もとても緊張しているんだ」
長義は眉をさげて微笑んだ。
「……あなたは本当に優しいひとですね」
「きみにだけだ。ねえ、口づけくらいは許可してくれるのかな?」
首を傾げて尋ねる彼に審神者はこくりと頷き、瞳を閉じた。