掌中の珠

 初めて訪れた戦場以外の地は、審神者とその刀剣男士たちで賑わっていた。どこも仲良さそうに会話を楽しんでいる。部隊のメンバーの数もその顔ぶれも様々だ。
「受付に行ってきますね」
 振り向いてそう言うと、主は隊長の山姥切くんとともに入り口正面にある窓口へ足早に向かった。
 この建物は演練場というらしい。本丸の所属国ごとに数箇所存在しているという。今日はここで他の本丸の刀剣男士たちと手合わせを行う。最近顕現したばかりの僕は、経験を積むためという名目で今回この演練に参加している。
 部隊には僕のほかに山姥切くん、愛染くん、小夜くん、骨喰くん、鶴さんがいる。みんな初期から主のもとにいる古株で、短刀の二振りはすでに修行を済ませていた。たくさん暴れるぜ、と張り切っている。体こそ小さいがとても頼もしい存在だ。
「光坊、緊張しているのかい。まあ、そんな気負わんでもいいさ。手合わせなんだからな」
 鶴さんが僕の肩をぽんと叩く。
 手合わせを行う会場は特殊な空間で、どんな怪我を負っても空間の外に出れば、なかったことになるそうだ。話を聞いても意味がわからない。とにかく折れるということはなく、多少の無茶も可能ということだった。
 主と山姥切くんが戻ってきた。「エントリーしてきましたよ」と少し屈みながら、主が審神者専用の携帯端末をこちらに見せてくる。愛染くんが「今日の相手はどんなやつらだ!?」と画面を覗き込んだ。そこには今日の対戦相手の情報が並んでいた。相手の審神者のランク、部隊のメンバーなどが確認できるようだ。小夜くんと骨喰くんは表情を変えることなく画面を見つめ、山姥切くんと鶴さんはなんだか難しそうな顔をしていた。
「審神者のランクでいえば上の方が多いですが、連れている刀剣男士の練度は似たりよったりという感じですね」
「これは五分五分といったところかねえ」
 負ける気はないがな、と鶴さんは続けて言った。

 部隊の実力は拮抗していたが、結果としては2勝3敗だった。あの時ああしていたら、と僕にとっては色々と課題が残った。
「そう落ち込むな。下手したら全敗することもあるからな。極めた短刀たちに一撃でズシャー! だ」
「相手が盾兵ばかり装備していて、攻撃が通らないこともある」
 鶴さんと意外にも骨喰くんが励ましの言葉をくれる。次はもっとがんばろう、そんなことを考えながら通路を歩く。近くの会場ではまだ対戦が行われていた。対戦の様子を映す画面を見るに、接戦のようだった。
 その前を通り過ぎようとしたときのことだった。突然、「危ない!」という大きな声が響いた。
 同じタイミングで僕らの後ろ、部隊の最後尾を歩いていた山姥切くんが横をすり抜けた。
「主っ!」
「はい?」
 風切り音がした。
 山姥切くんは躊躇うことなく、一人で前方を歩いていた主を庇いながら通路に押し倒していた。愛染くんが慌てたようにふたりに駆け寄る。小夜くんは壁に突き刺さった矢を指差し、追いついた骨喰くんが手を伸ばして引き抜いていた。なんの間違いがあったのか、対戦空間から誰かの弓兵の矢が飛んできたらしい。……と冷静に分析している場合じゃない。
「大丈夫かい!?」
 僕らが駆けつけたときにはふたりは体を起こしていた。矢が刺さっていた場所を見て、山姥切くんが主を庇ってなかったらどうなっていたかを想像し、ぞっとした。
「わ、私は大丈夫ですが……」
 ずれた眼鏡の位置を直しながら、主が返事をする。急に押し倒された主は最初こそぽかんとしていたが、骨喰くんから矢を見せられて諸々を察したようだった。布を深く被り直し、表情の見えない山姥切くんの顔を覗き込んでいる。
「庇ってくださり、ありがとうございます。怪我はありませんか?」
「……何も問題はない」
「あっ、血! ほっぺたから血が出てますよ! 掠ったんですね……」
 帰ったらきちんと手入れしましょうね、と上着のポケットからハンカチを取り出して、彼の頬にあてている。「汚れるからやめておけ」という山姥切くんの声を聞く気は、主にはないらしい。
「すみませーん!」
 少し遅れて、対戦会場の方から審神者と思しき男性とその刀剣が走ってやってきた。弓兵を使った張本人らしく、顔面蒼白の彼らはぺこぺこと頭を下げて申し訳なさそうにしていた。「大きな怪我はありませんから」主もなぜか相手に合わせてぺこぺこ頭を下げている。その後、空間を保護するバリアなるものに問題があったとして、政府の職員までやってきた。
 難しい話をしている主たちを見守りながら、僕は山姥切くんを見た。なにもなかったかのように静かに彼女の傍らに控える彼の顔を。

 本丸に戻った僕たちは、お疲れさまの挨拶をして解散した。主は渋る山姥切くんを連れて手入部屋に向かっていった。離れていくふたりの後ろ姿を見ながら呟く。
「……あのとき、なぜ彼はあんなに早く動けたんだろう」
 彼女と山姥切くんの間には距離があったし、あの刀剣があげた声は一拍遅れていた。今思うと、山姥切くんは声があがる前には床を蹴っていたような気がする。
「それだけ大切なんだろうさ」
 隣にいた鶴さんが僕がこぼした呟きに答えた。いつになく真面目な口調だった。
「奴さんのそれが恋なのか愛なのかはわからんが、主は掌中之珠だからなあ。傷がつかないように壊れないように、あいつなりに守ってるんだろう」
 颯爽と主を庇った彼は、さながら物語に登場する王子のようだった。
「……ほんと、敵わないよね」