ひねもすのたり #1 - 10/12

ささやかですが

 

 一日の業務が終わった。現世にある家に帰るべく、審神者が玄関で靴に履き替えていると、屋敷の奥から「まってくださーい」と引き止める声が聞こえてくる。何かと思って突っ立ったまま待つ審神者の視界に、廊下の死角の壁から顔を見せる短刀が映った。
「あるじさま、すこしだけ おじかんをください」
 時間に問題はない。断る理由はないので「どうしたんですか」と尋ねると、両手を背中に隠した今剣がどこかうずうずした様子で近づいてくる。
「じつは、あるじさまに おわたししたいものがあるんです」
 はにかみながら、今剣は両手を前に差し出した。彼の小さな手には美しい花束があった。
「わあ、とてもきれいですね!」
 紫のラナンキュラスがまず目に入る。感嘆の声をあげれば、ますます今剣は笑みを深くした。
「あるじさま、おわすれかもしれませんが、きょうはしゅうにんきねんびなんですよ」
 ぼくはさいしょのひのことはしりませんけれど、と少し残念そうにつぶやきながら、今剣は審神者にさらに一歩近づいた。
「山姥切がはずかしがったので、ぼくがだいひょうなんです」
 改めて恭しく差し出された花束を、審神者も丁重に受け取った。
「ささやかですが、ぼくたちからのおいわいです。はなたばと、もうひとつあります。しゃがんでください!」
 可愛らしくお願いされ、指示通りその場に屈む。「では、つぎはめだるのじゅよです」ひとつ咳払いし、今剣がかしこまった態度で審神者の首にリボンをかける。胸元で金色のメダルがきらりと輝いた。
「このめだる、じつはちょこれーとなので たべられるんですよ!」
 今剣はにっこりと笑った。
「あるじさま、いちねん ありがとうございました。これからもよろしくおねがいします!」
「……こちらこそですよ。もう一年になるんですね、すっかり忘れていました。ありがとうございます」
 思わぬできごとに涙腺がゆるむのを感じる。こみ上げてくるものをぐっと堪え、審神者は素敵な贈り物を見つめた。そんな審神者を温かな目で眺め、「こじんてきなおいわいは かくじでするとおもいますので、そのときはまたおじかんをくださいね!」ぴょんとその場で飛び跳ねて、彼は言った。
「それではあるじさま、いってらっしゃい!」
「はい、いってきますね。みなさんにもありがとうございましたとお伝えください」
 今剣に見送られ、本丸の外に出る。外界へとつながるゲートへ向かう道中、審神者は何度も受け取った贈り物に目をやった。金メダルのチョコレートはなんだか食べるのがもったいない、と心の中でつぶやく。
(この花束も私にはもったいない。きれいだなあ)
 腕の中にある、薄水色の不織布にふんわりと包まれた花を眺めた。どの花も審神者が知っている有名なものだ。
 優雅な紫のラナンキュラスに、愛らしい八重咲きの紫のチューリップ。そこに上品な白のスイートピーとトルコキキョウがアクセントを添えている。華やかでありながら落ち着いた色合いだ。
 ため息が出るほどの美しさに惚れ惚れしていると、持ち手部分に巻かれた紺色のサテンのリボンと水色のオーガンジーリボンの間に銀色のボールチェーンがかけられているのを見つけた。
 なんだろうと不思議に思い、不織布の隙間を覗いたところ、小さなマスコットが顔を見せた。見覚えのあるその造形は初期刀である山姥切国広をデフォルメしたもののようだ。「かわいい!」審神者はつい高い声をあげる。
「手作りかな? とすると、堀川くんが作ったのかな?」
 面倒見がよく手先が器用な脇差の顔を思い浮かべる。ちくちくと針仕事をする彼の姿が容易に想像できた。
(それにしても、なんでこんなところに隠れてたんだろう。……でもまあ、山姥切さんらしいか)
 思わず笑みがこぼれる。審神者は口数が少なく、いつも一歩後ろにいる初期刀のことを考えた。
(……私もみんなに何か、プレゼントしたいなあ)
 何がいいだろうか。何が喜ばれるだろう。考えながら、審神者は現世につないだゲートを通り抜けた。

 

1年目を想定。東京五輪のビクトリーブーケが素敵だったのでマスコットつきです。
審神者の就任が冬設定なので、冬でも手に入る落ち着いた色合いの花にしました。
2021/08/10
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