ひねもすのたり #1 - 12/12

パフェ

 

 午後。今日は早く日課が終わった。近侍に業務終了を告げた審神者が一息ついていたところ、襖越しに声をかけられた。「主、今日の仕事は終わったかい」髭切の声だった。
「終わりましたよ」
 襖を開けて答えれば、彼がひょっこりと顔を見せた。
「ちょうどよかった。じゃあ今から一緒に甘いものを食べに行こうよ」
 髭切は時折こうして外食に誘ってくれる。いつも食べるものは甘味だ。以前、甘いものが好きなのだと聞いた。
 お誘いは彼の気まぐれなので、予定が合わず断ることもあったが、すべて終えた今なら問題なかった。行き先はおそらく万屋街なので、ついでに不足している日用品を買い足すのもいいかもしれない。
 前回出かけた帰りに、また一緒に出かける約束もしていた。断る理由はなく、審神者はその誘いに頷いた。

 

 連れられてやってきたのは、万屋街の十字路の角にある果物専門店だった。2階に食事ができるパーラーがあるのだという。
「こんな店、あったんですね」
「最近できたんだって。健康ぶーむで需要があるとかなんとか。掲示板でよその本丸の弟が教えてくれたんだよね」
 審神者の本丸には彼の兄弟刀、膝丸がいない。髭切と出会った特別任務で目標に到達できなかったのだ。すべては審神者の都合のせいだったので申し訳なく思っていると、すぐに「気長に待つからいいよ。今のままでも退屈はしないしね」と気遣われてしまった。審神者のもとにいる刀は誰も彼も優しい。
 パーラーに入ると、日当たりのよい窓際の席に案内された。ピカピカに磨かれた大きな窓ガラスからは通りの様子がよく見える。仲良く並んで歩く人々を眺めてから、髭切がテーブルに広げてくれたメニューを見る。
「これは迷ってしまうねえ……」
 そう言う髭切はうきうきとした様子だった。
 色とりどりのフルーツをふんだんに使ったデザートの写真に目を奪われる。どれもおいしそうだ。
 散々悩んだ結果、ふたりともパフェを頼むことにし、呼び出しベルで店員を呼んだ。

「すごいですね……!」
「うん、すごいね」
 店員が運んできたパフェに感動の声をあげる。一瞬後光が見えた。
 それは一種の芸術のようだった。きらきらと輝いており、新鮮なフルーツを使っていることが一目瞭然だった。
「よく崩れないよね。木みたい」
 髭切が頼んだのはマスカットパフェだった。逆三角形のシンプルなパフェグラスに、半分にカットされたマスカットが球体を作るように積み重なっている。崩れないように生クリームが使われているようだ。合間にラズベリーやブルーベリーも見える。色も相まって、そのさまは彼が表現したように一本の木のようだった。
「こっちのイチゴパフェは花みたいですね」
 審神者の目の前には台形型のパフェグラスが置かれていた。グラスのふちをカットされたイチゴがぐるりと並ぶ。その中心にはホイップクリームの飾りがあり、そこに形のよい赤いイチゴがちょこんと乗った、イチゴづくしのイチゴパフェ。上から見ると花が開いているようで美しい。グラスの中には淡いピンクのアイスと鮮やかな赤いシロップが見える。
「そういえば、どうして急にここへ?」
「主とね、甘いものをのんびり食べたいなあって思ってたんだよね」
 答えになっているようなそうでもないようなセリフを口にし、髭切は折り目正しく両手を合わせた。
「いただきます」
 匙でマスカットを掬い、頬張る。おいしそうに髭切は目を細めた。
 美しいパフェを崩してしまうのは忍びないが、このままにしていては溶けてしまう。審神者も彼にならって食前のあいさつをし、パフェに手を伸ばす。
 食べたイチゴは甘かった。添えられたクリームも口当たりがよく、食べやすい。
「これ、本当においしいよ。主も食べてごらんよ」
 パフェをひとすくい。「あーん」などと言いながら、向かいの席の髭切がマスカットの載った匙を審神者に差し出した。
 さすがにそれはどうなのか。周りの目も気になる。審神者がためらっていると彼は不思議そうな顔で首をこてんと傾けた。
「マスカットは嫌いかい?」
「いえ、好きですよ」
「じゃあどうぞ」
 良かれと勧められているのに、断るのはなんとなく悪い気がする。審神者は恥ずかしいと思いながらも、どうにでもなれという気持ちで口を開けた。「いいこいいこ」髭切がほほ笑む。
 もらったマスカットは今まで食べたどのマスカットよりも甘く、おいしかった。さすが高級とうたわれる品種なだけあった。
「髭切さん、私のイチゴもどうですか」
 自分のパフェを掬って、審神者もスプーンを差し伸ばした。あーん、だなんて大きな刀にしたことはほとんどない。
 こういう行為はどうなのか。いろいろ難しく考えてしまうが、髭切はちっとも戸惑わない。上品に口を広げるので、「どうぞ」とストロベリーアイスとともにイチゴを入れた。食べづらいかなと思ったが、彼が特に苦にした様子はなかったので安堵する。
「おいしいねえ」
「はい、とっても」
 自然に審神者も笑顔になっていた。おいしいものの力は実にすごい。
「もっといる?」
「半分こにしちゃいましょうか?」
「いいねえ、きみと半分こなんて滅多にできないからね」
 そうして他愛のない話を交わしつつ、ふたりでパフェをぺろりと平らげた。なかなかのボリュームだったので、お腹もいっぱいだ。
「元気になったみたいでよかったよ」
 髭切が審神者の顔をのぞき込むようにして口にする。
「私は元気いっぱいのつもりなんですが、そんなに疲れているように見えます?」
「そうだねえ、最近はなんだか気を張っているように見えたかな。まあ、いろいろあるし、どうしようもないよね」
 遠くを見るような目をして彼は言う。確かに審神者になってからこれまで、数え切れないほどの出来事があった。本丸が始動して一年目の頃からいる髭切は古株にあたるので、彼は多くのことを知っていた。
 審神者には今どうすべきか考えていることがあった。
 就任から4年、本丸にはずいぶん刀剣男士が増えてきた。男士の性格はさまざまで、当然気が合わない同士もいる。髭切の言うとおり、それはどうしようもないことだ。審神者もわかっている。だが。
 脳裏にとあるふたりの男士の姿がよぎる。
 不仲――というより、ぎくしゃくしている彼らに対し、審神者はどう接するのが正しいのか。いつも正解を考えている。が、そうしているだけで、なにか行動を起こしたことはない。当人同士の問題に、第三者が勝手に口を挟むのは何か違うと思うからだった。
「きみはこれまでどおりでいいと思うよ」
 何も口に出してはいないのに、優しい瞳で髭切は言った。
「まあ面倒くさくなったら斬っちゃえばいいんだよ」
 彼は笑って続ける。冗談だとは思うが、笑って言うことじゃないよなあと審神者は思った。
 

 会計は押し問答の末、髭切が払ってくれることになった。
「ごちそうさまでした。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「いやいや、気にしないで。僕が食べたかっただけだし」
 外に出ると生暖かい風が頬を撫でた。夏も終わりとはいえ、暑さはまだ残っている。楽しげに通りを歩く人々にふたりも混ざる。
「パフェ以外のメニューもおいしそうでしたね。すごく迷ってしまいました」
「ふふ。主、すごく困ったような顔してたね」
 髭切は破顔した。
「どれも気になるよねえ。全制覇したいなって思ったよ」
 メニューを思い出す。色とりどりのパフェの他にも、フレッシュなフルーツジュース、宝石が乗ったようなフルーツタルト、断面が美しいフルーツサンドと種類は豊富で多岐にわたっていた。
「ねえ主、また一緒に来てくれる?」
 食事からの帰り際、毎回決まって彼はこう言った。だから審神者も必ず答えるのだった。
「もちろんです。また行きましょうね」

 

参考
伊藤まさこ『フルーツパトロール』マガジンハウス、2019
参考にしたのに、全然参考にできていない。本で紹介されて
いるスイーツ、どれもとてもおいしそうでした。

 

 

 

 

2021/08/29
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