ひねもすのたり #1 - 3/12

だるまさんが転んだ

 

 山姥切長義は静かな縁側を歩いていた。麗らかな午後だ。普段であれば洗濯籠を持った当番がうろうろしている時間だが、珍しくひと通りが少ない。長義が目指す先には、ひとりでぽつんと縁側に腰掛ける鶯丸の姿しか見えなかった。
 不意に短刀たちの楽しげな声が耳に届く。庭に目を向ければ、短刀たちがそこらに点々としている。なんらかの遊びに興じているようだ。
「だーるまさんがー、」
 遠くのほうから聞こえる声は秋田藤四郎のものだ。広い庭に散らばる短刀たちは忍び足で、しかし素早く位置を移動した。なるほど、と長義は彼らがしている遊びの内容を察した。
 なんと微笑ましい光景だろう。古くから存在している刀の付喪神とはいえ、姿かたちは子どもだ。出陣先ですばやく敵を屠るさまはとても頼もしいが、彼らにはこんな遊びがよく似合う。
――本丸でくらいは、こういうのもいい。
 穏やかな気持ちで、その場を通り過ぎようとしたときのことだった。
「こーろんだー!」
 一拍置いて、その声の主が突然なにかに気づいたように長義の名を叫んだ。
「あーっ! 長義さーん! 動きましたよー!!」
「なに!?」
 目を細めて、声が聞こえてきた方を見る。庭の奥にある木のそばで、秋田が大きく片手を振っている。よくよく見れば、彼の片側には石切丸と同田貫正国の姿も見えた。なぜいるのか。
 そこらに散らばる短刀たちがそろって、長義の顔を見た。「すぐにボクが助けてあげる!」と実に男らしい言葉を口にしたのは、少女のような見た目の乱藤四郎だった。
 どうやらいつの間にか、この遊びの参加者になっていたらしい。長義が呆気にとられていると、前方にいた鶯丸がのんびりと笑った。
「ははっ、知らなかったのか。あいつらが<だるまさんが転んだ>をしているときに近くを通ると、もれなく強制参加させられるんだ」
「なんだそれは……。で? きみはどうして巻き込まれていないのかな」
「俺は観戦表明している。おもしろいからな。石切丸はうっかり参加、同田貫は鍛錬のために自分から参加した」
 簡単に説明して、鶯丸は両手で持った湯呑を口に運ぶ。近くには急須と茶請けの饅頭がしっかりと用意されていた。
「……今日は縁側を通るやつが妙に少ないと思ったんだ」
「いい運動になるぞ。じゃあ行ってこい、健闘を祈る」
 愉快そうに笑みを浮かべ、鶯丸は茶をすすった。

 
 早く早く、と遊戯の参加者らに急かされ、走って秋田のもとに向かう。
「長義さん、同田貫さんと手をつないでくださいね。僕以外の短刀がこっちに来て『切った!』って言ったら、逃げてください。それから僕がすとっぷって言ったら止まってくださいね」
 顔をほころばせ、秋田がいろいろルールの説明をする。
 もしや、これはとても面倒なことに巻き込まれたのではないか。長義はすでに捕まっていた仲間に尋ねる。
「……きみたちはなにをしているんだ」
 まず、石切丸が恥ずかしそうに答えた。
「私はうっかりだね。考えごとをしていたせいで、彼らの遊びに気づかなかったんだ」
 その隣の同田貫は「瞬発力をつけようと思ったんだが、なかなかうまくいかねぇなあ」と悔しげに言いながらも、どこか楽しそうな顔をしている。
 この遊び、本当に一筋縄ではいかないようだ。長義は額に汗がにじむのを感じた。
「だーるまさんがー、ころんだ!」
 先ほどとは違う調子で、秋田が声をあげる。散開していた短刀たちの距離がぐんと近づいてきた。すでに極まって久しい彼らの動きは早い。
「だるまさんがー……」
「切~った!」
 秋田がすべてを言いきる前に、乱が一気に間合いをつめる。そして、先の宣言どおりに行動を起こした。
「逃げるよ! 走って!」
 叫ぶ彼の言うとおりに走る。すでに短刀たちはかなり前にいた。
 数瞬ののち、秋田が「すとーっぷ!」と叫んだ。逃げる者すべてがぴたりとその場に立ち止まる。長義も同じように立ち止まる。
「おう、秋田! 今回はずいぶん遅かったな! こんなに離れちまったぜ!」
 はるか前にいた薬研が、からかうように声を張った。
「だってー、初参加の長義さんがいるからー!」
 彼と同様に口もとに手をあてて、大声をあげる。そこではじめて、長義は自分が配慮されていたことを知る。
「では秋田ー! じゅっぽ でいいんですねー!?」
「いいよー!」
 今剣の問いかけに快く返事をする。<だるまさんが転んだ>のルールに、鬼は逃げられた子どもを捕まえるため、あらかじめ決められた歩数だけ移動できる、というものがあるらしい。秋田から一番近いのは石切丸だが、はたして十歩で届く距離なのか。誰も捕まえられずに鬼役継続にならないだろうか。
 長義は本丸の打刀の中でも足が早いほうだ。石切丸よりもだいぶ前にいる。さすがに十歩ではこちらまで来られまい。
 同田貫の姿を探す。彼は長義の反対側に逃げたようだった。肩をすくめているのが見えた。
「じゃあ行きまーす!」
 いーち! と数えながら、秋田は軽やかに跳んだ。その一歩の距離は長く、一度に石切丸に近づいてしまった。彼はほんの数歩で石切丸を捕まえると、長義に笑いかけた。「今日は長義さんと遊べてうれしいです!」そう言って、踏み込んでくる。
「……嘘だろ」
 十歩以内で捕まえられてしまった。がっくり項垂れる長義の視界には、にやにや笑っている同田貫の姿があった。

 

 短刀たち主催の<だるまさんが転んだ>は途中からなぜか鬼ごっこに変わり、堀川国広が「みんなー、そろそろおやつの時間だよー!」と呼びに来るまで続けられた。長義は肩で息をするほど疲れているが、極めた短刀たちはけろっとしている。
 どういうことだよ。頬を伝う汗を拭いつつ、心の中で疑問を投げかけていると、同田貫にばしんと背中を叩かれた。
「あんた、意外に骨があるじゃねぇか!」
「長義さんは足が早いんだねえ。私は望月に乗っても、きっとすぐに追いつかれてしまうよ」
 ほのぼのと笑う石切丸に、長義もなんとか笑みを返した。次からは短刀たちの遊ぶ声には気をつけなければ、と思いながら。

 

2021/05/20
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