ひねもすのたり #1 - 6/12

アイスカフェオレ

 

 トントンと食材を切る音に、パチパチと油の跳ねる音。今日の夕餉は揚げ物のようだ。顔を出した厨では、食事当番の仲間たちが忙しなく立ち働いていた。
「どうしたんだい?」
 長義が入り口にかかる暖簾(のれん)をくぐると、当番のひとりの燭台切から声をかけられた。「主になにか飲み物でもと思って」と理由を告げれば、伊達男は納得したように頷いた。
「ああ。あの子は休めって言って、素直に休む子じゃないからね」
 彼も働き者すぎる主に悩まされたのだろう。燭台切は肩をすくめ眉を下げてみせると、コンロから離れて冷蔵庫の戸を開ける。
「飲み物か。何がいいかな」
「それなら燭台切、あれ作ればいいんじゃねぇか。かふぇおれ! 砂糖いれた甘いやつ。今日は暑いから冷たいのがいいと思う!」
 横から口を挟んだのは、食事当番として野菜と向き合っていた後藤だ。「あとで俺も飲みたい!」という彼に燭台切は「いいよ」とさらりと答えた。後藤は嬉しそうにニッと笑う。
「彼女はカフェオレが好きなのかな?」
「あの子は<おいしければなんでもいい党>だよ。ブラックコーヒーは苦手だ、とは言っていたね」
 そう言いながら、燭台切は冷蔵庫から作り置きのコーヒーと牛乳を取り出し、手際よく用意を始める。「すぐに欲しいだろうから、ちょっと手抜きしちゃうね」グラスにコーヒーを注ぎながら彼は言った。
「ちなみに俺はコーヒー牛乳党だ! あっ、そうだ長義。これも大将に持っていってくれよ」
 後藤から包みをもらう。リボンでラッピングされた包みの中にはいろいろな動物の形をしたクッキーが入っていた。空き時間に暇を持て余した粟田口の皆で作ったものだという。
 主が見たら喜びそうな可愛らしい代物だ。そんなことを考えながら眺めていると、2つ目のグラスを手にとった燭台切が口を開く。
「飲み物、長義くんも同じものでいいかな?」
「ああ、よろしくお願いするよ」
 アイスカフェオレのグラス2つに、クッキー。用意してもらった休憩セットを盆に載せ、長義は執務室へと急いだ。

 

 執務室に戻ると、主はうつらうつらと舟を漕いでいた。脇に置かれたメモ用紙にはボールペンでミミズが這ったような線が引かれている。
 このまま寝かせてあげた方がいいだろうか。瞳を閉じる主を見て、長義は小さく笑う。
 サイドテーブルに盆を載せる。カフェオレの注がれたグラスの氷がカラカラと軽やかな音を立てた。その瞬間、主はぱちりと目を開けた。
「はっ! すみません、ちょっと寝ていました! ……そのカフェオレは燭台切さん作ですね」
 ずれた眼鏡の位置を直し、涼やかなグラスを見ながら主が微笑む。
「そうだよ、よくわかったね」
「この本丸のコーヒー党の筆頭は燭台切さんですからね。後藤くんもあの方のカフェオレのファンなんですよ。余談ですが、この本丸はなぜか緑茶党が多いです」
「きみは<おいしければなんでもいい党>だと聞いたけれど」
「ええ、そうなんです! <おいしければなんでもいい党>、すばらしくないですか?」
 なぜか胸をはって答える主の姿に、思わず長義は笑ってしまう。
「はは。でも、ちょっとずるくないかな」
「ずるくないですよ。ちなみに愛染くんと骨喰くんも所属しています」
 顔をなごませる主にカフェオレを渡す。一口飲み、「冷たくて甘くておいしいですね」と目を細める。長義も自分のグラスに手を伸ばして、見慣れぬ薄茶色の液体を飲んだ。燭台切の配慮で、このグラスには砂糖が入っていないから甘くはない。だがコクがあって、すっきりした味わいだった。悪くない、と長義は思った。
「山姥切長義さんは、飲み物は何が好きですか」
「好き嫌いはあんまり考えたことはないな」
「では、<おいしければなんでもいい党>にぜひ入党ください!」
「ふふ、それもいいかもしれない」
 グラスの氷をからからと鳴らしながら答えると、主がくすりと笑う。
「党員が増えましたね。あっ、でもあなたにはコーヒーや紅茶もよく似合うと思います」
「そうかな」
「はい。あなたは格好いいので、大人な感じも優雅な感じもすごく似合うと思いますよ」
「そうか」
 にこにこしている審神者を見ていると、口もとが自然と緩んだ。特に何も考えずに相槌を打ったが、ふと審神者の言葉が脳裏で反芻される。彼女はなにか、特別な言葉をさらりと言わなかっただろうか。
「……今、なんて?」
 聞き返してみると、主は不思議そうに首をかしげながら、先ほど口にしたセリフを繰り返す。
「大人な感じも優雅な感じもすごく似合うと思いますよ……?」
「その前」
「あなたは格好いいので……あっ!」
 失言したとばかりに口を閉じる主に、長義はとびきりの笑みを浮かべてみせた。
「ありがとう」
「い、いえ……ほ、本当のことを言っただけですし……」
「ふふ、ありがとう」
「……あ、あの……ものすごく恥ずかしいです……」
 もごもご言いながら、主はグラスに口をつけた。顔は明後日の方を向いている。その照れくさそうにしている様子が可愛らしい、と思う。
「クッキーもおいしいよ」
「これ、粟田口のみなさんが作っていたものですよね。ちょっと食べるのがもったいなくなる可愛さですが……いただきます」
 菓子を勧めれば、おずおずと顔がこちらに向いた。ほんのり頬が染まっている。本丸ではまだ新参者に入る長義は主のことをまだよく知らないが、彼女は大分照れ屋らしい。
「おいしい。仕事、がんばらなくちゃ……」
 さくさくという軽い音の後に彼女の口からこぼれたのは、敬語がとれた主の素の言葉だった。微笑む彼女は少しすっきりした顔になっている。
 ずれたらしい眼鏡の位置を直すと、主はパソコンに向き直った。そんな彼女をサポートするため、長義も定位置に戻って業務を再開する。
 カフェオレの入ったグラスがからんと音を立てた。

 

2021/06/12
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