ひねもすのたり #1 - 8/12

うちわ

 

――楽しそうな気配を察知!
 鶴丸が胸を踊らせながら広間に向かうと、まず前田のおかっぱ頭が目に入った。背筋を伸ばし、正座している。
「よう! きみは何をしているんだ?」
「今日は暑いので、主君に風を送っています」
 審神者の結われた黒髪がさやさやと揺れている。朝顔が描かれた団扇を動かしながら、前田はにっこりと微笑んだ。そよそよと優しい風が鶴丸にもかかる。
「ありがとうございます」
 審神者がちらりと振り返った。
「前田くんは暑くありませんか」
「僕はへっちゃらですよ」
 そう言うとおり、彼の表情は至って涼しげだ。そのきちんとした姿に感心しながら、暑さに辟易して雑に腕まくりをした鶴丸は審神者の手元を覗き込んだ。
「で、主は何を扇いでいるんだい」
 彼女の前には大きな飯台が置かれていた。中にはきらきらと輝く白飯がたっぷりと入っていた。甘酸っぱいにおいが鼻孔をくすぐる。
「酢飯か?」
「正解です! 今日のお昼は手巻き寿司パーティーだそうですよ。楽しみですね」
 花火大会の告知が書かれた団扇をぱたぱたと動かしながら、眼鏡の奥の瞳を細めて審神者が言う。
「それは楽しみだな! いろんな驚きがありそうだ」
 新入りがやってきたその歓迎会だろう。食事当番の張り切りぶりを思い出す。
 パーティーと称するからには、机いっぱいに手巻き寿司の中身となる具が並ぶはずだ。魚介に新鮮な野菜、薄焼き卵、ツナマヨ、納豆、練り梅……鶴丸が想像もしないような変わり種もあるに違いない。
「おっ、そうだ。ちょっと待っていろ」
「……? はい」
 ふと思い立ち、鶴丸は走ってその場を後にした。そして、すぐに目当てのものを見つけるとそれを抱えて、ふたりのもとに戻った。
「いいものを持ってきたぜ」
 倉庫から持ってきた扇風機のプラグを部屋のコンセントに繋ぎ、前田に向けて回す。来る夏を見越して、本丸の誰かが掃除してくれていたらしい扇風機は室内に爽やかな風を起こした。
「これでどうだ!」
「わあ、涼しい風です。鶴丸さん、ありがとうございます」
 風に吹かれて前田の茶色の髪がふわふわと揺れる。嬉しそうに顔をほころばせる少年に満足し、鶴丸は審神者の向かい側、飯台の前に腰を下ろした。
「俺はこっちを手伝おう」
 しっかり団扇も準備してきた。清涼感のある金魚が2匹描かれている。
「さて、この酢飯でどんな寿司をつくってやろうかな」
 にやりと笑って見せれば、「普通の具材から驚きの味が生まれるかもしれませんね」と審神者が笑う。
「ですね!」
 前田の元気な相槌が返ってきた。

 

2021/06/26
目次に戻る