ひねもすのたり #1 - 9/12

眠れない夜

 

 空には無数の星が瞬いている。はじめて過ごす本丸の真夜中は想像よりも明るかった。不思議な思いを感じながら、審神者は濡れ縁に腰掛けた。眠らなければと思うほど、目が冴えて眠れない。
 何をするでもなく庭を眺めていると、薄ぼんやりと白い影が現れた。一瞬びくりとするが、月明かりに照らされた影の正体がよく知る刀であることがわかり、安堵する。
「……眠れないのか」
 初期刀である山姥切国広の声が静寂の中に響く。審神者はその問いかけに小さく首肯した。
「本丸の夜は静かですね」
「あんたのところは違うのか」
「……もう少し物音がします」
「そうか」
 そこで会話は終了した。山姥切はその場に立ったままだ。まだ会話を続けるべきか否か。間が持たないことにそわそわしてしまう。
 そもそも彼はどうしてここに来たのか。明日に差し支えがあってはいけないし、休むように言うべきか。審神者が思案していると、「ちょっと待っていろ」と山姥切は被った布を翻してどこかへ行ってしまった。

 

 しばらくして、山姥切が戻ってきた。片手に湯呑を持っている。
「これを飲むといい。薬研曰く、よく眠れるようになる薬草茶だ」
 差し出されるままに両手で受け取る。湯呑はほんのりと温かかった。
「わざわざありがとうございます」
「いや、別に」
 俯く山姥切に立ち去る気配はない。それを見て、審神者が隣に座るよう勧めると拳数個分の距離を開け、戸惑った様子を見せながらも彼は腰をおろした。
 湯呑に軽く息をふきかけて冷ましながら、一口飲む。すっとした香りのお茶はほのかに甘かった。落ち着く味だ。
「あまり自分で茶を淹れないから、変だったらすまない」
「おいしいですよ。甘くて飲みやすいです。はちみつが入ってますか?」
「よくわかったな。兄弟が五虎退にそうやって作っていたんだ」
 そうして、何度も間を置きながらも少しずつ口を開く。審神者不在時の本丸のこと、政府の特別任務のことなど普段よりも多くのことを話した。
 生ぬるい風が頬をなでた。手の中の湯呑はいつの間にか空になっていた。
「あっという間に夏が来ちゃいましたね」
「……ああ。とはいえ、あんたはもう部屋に戻ったほうがいいだろう」
 そう言って、山姥切は庭に立った。審神者もならって立ち上がる。
「そうですね。山姥切さん、お茶をどうもありがとうございました」
「片づけよう」
 手を差し出す彼に首を振る。
「いえ、これくらい自分でやらせてください。あなたも何か用事があったのでしょう?」
 最初に思ったことを尋ねると山姥切は「それは……」と言葉を濁した。
「……ただの見回りだ。言っておくが、おそらくどこの本丸でもしているからな」
「敵襲に備えて、でしょうか」
「ああ。何が起こるかわからないからな」
 当番制だ、と彼は静かに続けた。
「私、本当に知らないことばかりですね。もっと、しっかりしなくては」
「これから知っていけばいい。今後もこうして、本丸で夜を過ごす日があるのだろう」
 審神者は頷いて答えた。
「みんな喜ぶと思う。では、俺は戻る。……えっと、その、おやすみ」
「……はい、おやすみなさい。山姥切さん、あんまり無理はしないでくださいね」
「それはこちらの台詞だ」
 口の端をわずかに上げ、彼は背を向けた。その後ろ姿が遠くなるまで、その場で見送る。
「……夜勤担当を考えたほうがいいのかな」
 そのためには仲間の刀を増やす必要がある。本丸に顕現された刀はまだ少ない。同時期に就任した審神者たちよりも少ない、とこんのすけが言うほどだ。そういう話を聞くたびに、どうにかしなければと思う。
「私ももっとがんばらなくちゃ!」
 審神者は軽く伸びをすると、明日への気合いを入れるのだった。

 

帰る場所」の後の話。
2021/08/07
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