雨の日の話 - 2/5

ところにより、にわか雨

 

 手にぽつりとしずくが落ちる。
 曇天の空を見上げれば、ぽつぽつと雨が降ってきた。
「どこかで雨宿りしましょう」
 隣から聞こえる主の声に頷き、目ぼしい場所を探す。こういうときに限って、近くにちょうどいい場所はない。
 雨脚は次第に強くなり、大粒の雨が激しい音を立てて地面をたたく。俺はもたもたしている主の手をひき、屋根を探した。
 少し走ったところで、シャッターが降りた店を見つけた。そこの軒先を貸してもらうことにして、主を連れて滑り込む。一瞬、周囲の音が小さくなった気がした。
「日頃の運動不足を痛感しますね」
 肩で息をしながら、主が照れくさそうに笑う。
 なんとか濡れ鼠にならずにすんだようだ。雨のせいで額にはりついた前髪を払っていると、主が手を伸ばしてハンカチで俺の髪をふいてくる。
 いつの間にか、被っていた布が脱げていたらしい。近い距離に気まずくなる。とっさに身をひくも、「とても男前なことになっていますよ」という意味不明の理由でやめてはくれない。
 仕方がなくされるがままになるが、何気なく視界に入った主をまじまじと見てしまった。
 なんて格好をしてるんだ! それにやはり近い!
 勢いあまって主を突き飛ばす。主は俺の前では無防備だと常々思っていたが、彼女はこちらのことばかり心配して、自分がどんな格好になっているか気づいていないらしい。雨に濡れたせいでワイシャツが肌にはりつき、普段は見えない体の線がくっきりと見えてしまっていた。
「……余計なお世話でしたね、すみません」
「いや、そんなことは。俺の方こそ急にすまない。……あんたはとりあえず自分を心配したほうがいい」
「え? ……わっ、失礼しました! これ下手したらセクハラですね! あはは……上着を着てくるべきでした」
 自分がどんな状況になっているか悟った主が気まずそうに背を向ける。俺も目のやり場に困り、目をそらす。
 店の端でバケツがひっくり返っている。しぶきがこちらに跳ねてくるのを見て、そこから少しだけ距離をとる。
 無言が続く。
 ばしゃばしゃと雨音だけが響くなか、くしゅんと隣からくしゃみが聞こえる。
 その音にふと思い立ち、被っていた布を主の背中にかけてみる。体を隠す分には問題ないはずだ……常に俺もそのように使っている襤褸布だ。
 乾いた布だったらもっと良かったのだが、などと思っていると、不思議そうに主がこちらに振り返った。
「山姥切くんの大切な布ですよね、いいんですか」
「……多少濡れてはいるが、なにもないよりいいだろ」
「ありがとうございます。お借りします」
 主の口もとがほころぶ。それを見て、俺は心の中で自分の行動が間違っていなかったことに胸をなでおろす。
「すぐに止むといいんですけど」
「……ああ」
 空を見上げる主の顔はよく見えない。きっと困ったように眉を下げているのだろう。
 会話はない。当然のように人通りもない。雨の音ばかり大きく聞こえる。
 主がまた、小さくくしゃみをした。本人は隠しているつもりらしく、わざとらしく荷物をごそごそさせて物音を立てている。
 風邪を引きやしないだろうか。心配になるが、なにも持たない俺にはどうすることもできなかった。
 襤褸ではなく、上着を貸すべきだったか。しかし、いまさら渡すのも変な気がする。どう動くのが正しいのか。兄弟や他のやつなら、もっとうまくやるだろう。ついため息をついてしまう。隣の様子が気になって、落ち着かない。
 目の前ではより勢いを増した雨が、滝のように隙間なく降り落ちている。俺は途方に暮れながら、足もとで跳ねる雨をただ見つめた。

 

2021/06/02
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