雨の日の話 - 4/5

バスタオル

 

 灰色の雲に覆われた暗い空。初めて出陣した白金台では冷たい雨が降っていた。
「嫌な空気だな。囲まれてないか確認しろ」
 隊員に指示を出しながら、目を細める。視界が悪い。濡れた髪が顔にへばりつき、服は重さを増す。ぬかるんだ土がまた動きを鈍らせた。踏み込んだ片足をわずかだか滑らせてしまい、山姥切はつい舌打ちをした。

 進むべき方向は賽の出目次第。敵の本陣へ続く道から逸れ、たどり着く前に帰還することになってしまった。足もとを泥で汚した短刀たちがまだ戦えるのに、と悔しそうにしている。その後ろでは骨喰が服の袖で顔を拭い、堀川が「どこからどこまでが歴史改変になるんだろう」とこぼしている。どうも戦場を少々荒らしてしまったことを気にしているらしかった。
 さきほどまでの雨雲が嘘のように、本丸の空は快晴だった。太陽がいやに眩しく感じられ、雨に濡れた布がまとわりつく腕で影をつくる。
「早くお風呂はいりたーい!」
 鬱陶しげに髪を払いながら乱が口をとがらせる。その言葉にみな同意を示し、主が待つ本丸へと急いだ。

 

 入り口の戸を開けると、玄関先で白い大きなバスタオルを広げた主が待ち構えていた。
「お疲れさまでした。お帰りなさい」
 やわらかなまなざしが向けられる。戦場を映した端末の画面でしっかり状況を見ていたのだろう。用意周到な彼女の隣には洗濯かごが置かれており、そこから手触りの良さそうな布がはみ出ている。
「あるじさまー、ただいまもどりましたー!」
 一番に主のもとへ向かったのは今剣だった。ちゃんと手加減されているようで、彼女は倒れることなく勢いよく飛びついた今剣を受け止めた。
「いっぱい濡れちゃいましたね」
 広げていたタオルでぎゅっと抱きしめるように包み込む。今剣は「えへへ~」と嬉しそうに笑っている。続いて、乱と秋田が順番に主へと突撃した。彼女がこういう行動を自分からとるのは珍しいので、短刀たちはご機嫌な様子だ。表情が読みづらい骨喰も目元をやわらげているし、兄弟の堀川も照れくさそうにしつつも主に包まれに行った。
 残るは山姥切だけとなった。どうしたのですか、とでも言うように、主は首をかしげている。体の水分をとる仲間たちの視線が自分に向くのがわかって、山姥切は濡れてもなお被っていた、雨で重くなった布をぐいっと押し下げた。
「……お、俺は遠慮する」
「ですが……」
「必要ない!」
 自分でも驚くほど頑なな声がでた。主は眼鏡の奥の瞳を丸くさせると困ったように笑った。「確かに嫌ですよね」彼女の口から出た声はどこかしょんぼりとして聞こえ、狼狽えてしまう。山姥切はこの主が悲しむ姿がどうにも苦手だ。どう弁解すべきか考えていると彼女が一歩近づいた。
「山姥切さんは嫌かもしれませんが……ちょっとだけ我慢してくださいね」
 遠慮なく主は両手に持ったバスタオルで山姥切を包む。やわらかな感触。ほんの一瞬、抱きしめられた。意味もなく宙を彷徨っていた手が中途半端な位置で止まった。
「私が用意したタオルでは不服ですか!? ……なーんて、こんなことが前にありましたね。終わりますので許してください」
 布越しにぽんぽんと優しく肩をたたかれる。労うようないつものそれだ。白く清潔なバスタオルは柔軟剤の良い香りがする。
「お風呂、沸いているので良かったら入ってくださいね。タオルは脱衣所に置いておいてください。出陣の報告はあとで大丈夫です」
 ゆっくりどうぞ。そう微笑んで、主は廊下を歩いていった。
 受け取ったタオルで髪を拭き、その後ろ姿を無言で見つめていると、駆け寄ってきた乱に脇腹を小突かれた。
「山姥切さんって、おバカだよね」
「意地っ張りなんですよね!」
「すなおじゃないんですよ」
 乱に続いて、秋田と今剣が口を開く。悪気がないようなあるようなその言葉は、山姥切の心を抉った。「兄弟は照れ屋だからね」堀川がフォローを入れてくれるが、その優しさが今は微妙につらい。骨喰だけがいつもどおりの表情で「早く風呂に行こう」と言った。それに助けられるように山姥切はそそくさとその場を離れた。

 

山姥切以外極めている。
2021/07/14
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