雨の日の話 - 5/5

雨だよ!

 

 爽やかな紫陽花が庭を彩っている。入梅のニュースで本丸の景趣が「梅雨の景趣」に変更されたのは三日ほど前のことだった。
 梅雨の景趣、とはいえ、毎日雨が降るわけではない。実際空には太陽が顔を見せており、その隙に干した洗濯物が物干し台で風に吹かれ、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺れている。
 本日の洗濯当番である山姥切長義は、確認のために干されている一枚を手にとった。すっかり乾いている。そろそろ取り込んでもいい頃合いだろうか。そんなことを考えていると、ぽつりと頬に冷たいものが落ちた。雨粒だった。
 この時季の空は気まぐれだ。
「雨だ!」
 側で同じ仕事に当たっているはずの燭台切光忠に注意を促す。「え、本当かい? 早く片付けなくちゃね」そう答えた彼は、すぐにてきぱきと動き始める。なんせ洗濯物の量が多い。綺麗に洗い乾かしたものをみすみす汚させるわけにはいかなかった。

 長義も急ぎ、物干し台にかかった洗濯物を回収しようとする。だが、白いシーツを引こうとしたその刹那、勢いがよすぎたのか物干し竿を台から引き落としてしまった。それは見事に間近で洗濯物を片付けていた燭台切の頭に命中した。「すまない!」「うっ……何たる無様な……っ!」体のバランスを崩した燭台切の手から洗濯かごが投げ出される。かごは少量のタオルが入れられたまま放物線を描き、庭で熱心にダンスのレッスンをしていた篭手切江の頭に被さった。
 突然視界を遮られた篭手切は自分の身になにが起こったのか理解する間もないまま、くるくる回って側にあった池にダイブしそうになる。少し離れた場所から「危ない!」と声があがった。そんな篭手切の手を、庭にいた陸奥守吉行がすんでのところで引っ張って救うが、足場が悪かったのか逆に助けた彼が池に落ちてしまう。
 ざばん!
 激しい水音が立つ。「す、すすすみません!」「なんちゃあない」陸奥守が笑って答えたそのとき、片手に持っていた鯉の餌が池にぶちまけられた。腹をすかせた鯉がバシャバシャと集まり始める。
 突然の事態に慌てて池から出ようと陸奥守が掴んだのが、畑当番の帰りにたまたま通りすがった和泉守兼定の足だった。なんか庭が騒がしいな、などと隣を歩く包丁藤四郎と首をかしげていた彼は、不意のできごとに受け身をとることかなわず、そのまま地面へ倒れ込んだ。収穫してきた人参が複数空中に舞う。「すまんすまん!」悪気のない声に、整った顔を土で汚した和泉守がゆらりと起き上がる。「てめぇ、喧嘩売ってんのか!?」和泉守の怒声が辺りに響く。
 包丁は焦っていた。この人参、全部受け止められるだろうか。畑で収穫した馬鈴薯を持ちながら右往左往するが、結局一本も拾えずに終わった。それどころか、遅れて宙を飛んだ人参の一本が、彼の形のよい額に命中する始末である。「痛いじゃないかっ!」包丁は思わず打ったところを両手で押さえた。その瞬間、彼が持っていたはずの笊から馬鈴薯が宙に飛び出した。
 馬鈴薯は一部始終を縁側でみていた蛍丸を襲った。審神者に休憩をとってもらうために、一緒におやつの饅頭を食べていたのだった。蛍丸は目の前で起こっている惨事に呆れながら、持っていた湯呑を脇に置き、遅いくる馬鈴薯をこぼすことなく受け止めた。だが、最後に体勢を崩してしまい、脇に置いていた湯呑を倒してしまった。中から熱い茶がこぼれ出る。
「あちっ!」
 足にかかる茶の熱に驚き身を浮かせると、道場での手合わせを終えて縁側を歩いていた平野藤四郎にぶつかった。「なにごとですか!?」「敵襲!?」将棋倒しでほんの少し前を歩いていた小夜左文字とともに床に倒れ込みそうになる。それを反対側から道場へ向かおうとしていた同田貫正国が見つけ、支えようととっさに手を伸ばす。
 その時だった。
「お茶を持ってきましたよ。冷たいのにしてみました。みんなで休憩しましょうね」
「主、ここにいたのか」
 麦茶ポットと複数のコップがのった盆を両手で大切そうに持ち、審神者が小走りで縁側にやってくる。そんな審神者を庭から呼び止めたのが、政府からの報せを持った山姥切国広だった。
 時間、距離、タイミング……さまざまな偶然が重なり、同田貫が腰に差していた本体の鞘が審神者の体を強く押した。
「あ? なんか当たったか?」
「わっ……!」
 審神者は反射的に盆の上のポットたちは庇うものの、自分を庇うことはできず、寄ってきた山姥切国広を地面に押し倒すかたちで縁側から落ちた。
 がちゃんと鈍い音が鳴る。
 痛みに苦しんでいたものも、喧嘩していたものも、この場にいたもののすべての時が止まった。
 その一瞬の静寂の後。
「大丈夫ですか!?」
「悪ぃ!」
 周囲から複数の大きな声があがった。

 がつん、と後頭部に強い衝撃。「すみません! 今どきますからっ!」痛みに顔を顰める山姥切の視界いっぱいに申し訳なさそうな顔をした審神者が映る。なぜか体の上に審神者が乗っていた。
 はて、なにがあったのだったか。山姥切がぽかんとしていると、ぽつりと顔に水滴が当たった。審神者が泣いているのかと思い、山姥切は衝動的に審神者を抱きしめた。
「どこか痛めたのか」
「それは山姥切くんの方では? 怪我していませんか? すごい音していましたよ??」
 そうこうしていると、「雨だよ!」と鋭い声とともに、山姥切の顔に白いシーツの塊が投げつけられた。

 

 ぽつりぽつりと雨脚が強くなる。
「ほんとだ、雨!」
 誰ともなく呟き、その場にいるみんなで辺りの片付けを開始した。

 

 

山姥切国広以外の登場キャラはフリーソフトを使って、ランダムに選出しました。
登場順もその結果のとおりです。
2021/06/09
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