銀木犀 #1 - 4/7

今日はおやすみ

 

 山姥切長義の主は真面目で働き者だ。何かをしていないと落ち着かない性分らしく、いつも何かしらの作業をしている。ただでさえ、審神者以外に別の仕事もしているというのに、彼女はいつ休んでいるのか。「好きでやっていることですし、休むときにちゃんと休んでいますよ」と主は言うが、最近彼女の目の下に隈ができていることに気づいた。大阪城、秘宝の里、と連日の政府の任務で疲れがたまっていることは明白だった。
 長義はどうやって主を休ませようか考えていた。

 そんな折に、長義は主といっしょに妙な部屋に閉じ込められた。本丸にはない、淡い桃色の壁紙の可愛らしい部屋だった。
 入り口の扉には『丸一日、この部屋でごゆっくりお過ごしください。簡単な食事付きです』と書かれた紙が貼られていた。一応開けようと試みたが、戸は釘で打ち付けてあるかのごとく、ぴったりと閉まったままだった。
 主は開かない扉を無言で眺めると、申し訳なさそうな顔で長義を見た。
「また巻き込んでしまったのでしょうか。すみません」
「謝らないでくれ。きみのせいじゃないし、俺は迷惑だとは思っていない」
 何度か主と、本丸にはないはずの奇妙な部屋に閉じ込められたことがあった。セミを十匹捕まえろだとか、どちらかが羞恥心を感じなければいけないだとか、意図のわからない指示をこなさないと出ることができない部屋だった。
 主はその部屋ができた原因が、自分の霊力の乱れのせいだと思っている。こんのすけがそのようなことを漏らしたらしいが、実際のところは誰にもわからなかった。
「まあ、そう悪くはないかな」
 周囲を見渡す。部屋の中にはパステルカラーの大小さまざまなクッションが敷き詰められていた。その肌触りはしっとりとやわらかく、気持ちがいい。
「ほら主、触ってみて」
「は、はあ……」
 戸惑いながら長義の側に近づき、床のクッションに触れる。弾力を試すように指先で押すと、主は眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせた。
「長義さん、これすごいですよ……!」
「それはよかった。……ともかく、ゆっくり休むにはいいんじゃないかな」
 好都合だと長義は思った。どうせ一日出られないのなら、ここで主を休ませればいい。
 まずは自分から、とクッションの上に腰をおろす。
「きみもどうかな」
「そうですね」
 おずおずと隣の大きなクッションに座る。身を預けるように体を沈ませ、主は楽しそうに微笑んだ。
「気持ちいいですね。たまには、いいですよね」
 自分に言い聞かせるようにつぶやき、長義を見て静かに口を開いた。
「長義さんも、ですよ。……あなたはなんだか、いつも気を張っているように見えるから、きちんと休んでほしいって思っていました。今日はお互いゆっくり、休みましょうね」
 そう言って、主はぽすんと背を倒す。いつになく楽しそうなようすを見て、なぜか長義まで楽しくなる。
 ならうように体をクッションに預ける。
 まるで、ぬるま湯につかっているような気分だ。彼女が持つ霊力がまた心地よい。
 手を伸ばせば届く距離に主がいる。それがとても不思議なことのように思う。彼女はなんの警戒もせずに「このフィット感、すばらしい……!」などと、無邪気に感想をもらしている。
「本丸にもこんな部屋があるといいですね。喜ぶ子たち、いると思うんですよ」
「それなら空き部屋にでもつくるといいんじゃないかな。手伝おう」
「じゃあ一緒につくりましょうね」
「そうだな」
 見慣れない天井を見つめた。ランプの温かな光が部屋を明るく照らしていた。
 ふいと主が背中を向け、身じろぎする。長義との間に距離ができた。
「なんだかとても眠たいですね」
「眠るといい」
「……そうします」
 しばらくすると、隣から規則正しい寝息が聞こえ始めた。どうやら眠ったらしい。
(よほど疲れていたんだな)
 とはいえ、男と二人っきりの部屋で無防備になるのはどうなのだろう。こんなにあっさりと思惑通りになるとは思わなかった。
 警戒されていないことを喜ぶべきか、意識されていないことに落ち込むべきか。
 長義は小さくため息をつき、目を閉じた。

 

2021/05/26
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みやこの長義さにが閉じ込められたのは、クッションで床が敷き詰められた、温もりを感じる部屋でした。食事を望むと、どこからともなくアイスクリームとメイプルシロップが現れます。
よい一日をお過ごしください。
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