堀川国広が慌ただしげに横を通り過ぎた。向かう先はこの本丸の初期刀がいる部屋だろう。長義はまっすぐ廊下を進んだ。しばらく行くと、障子が開かれたままの空き部屋が見えた。中の様子をうかがえば、化粧道具に囲まれた審神者が一人、ぽつんと座って鏡と向き合っている。
普段は見ることのない、華やかな姿だ。身にまとう紺色の袖レースドレスは、露出が控えめで品がある。彼女が座っているため今は目にすることができないが、その裾には美しい刺繍が施されていることを長義は知っている。ドレス選び担当のひとりだった乱藤四郎から、「かわいいのは諦めた! でも、これならあるじさんの雰囲気に合ってて素敵でしょ!?」というプレゼンを受けていたからだ。
彼女は今日、初期刀を付き添いという名の護衛とし、現世で行われる友人の結婚式に出席する。主である彼女が結婚するわけではないというのに、一部の刀はすこぶる張り切っていた。
白い真珠のネックレスを両手で持って首元にあて、審神者は何やら悪戦苦闘している様子だった。「ん~?」と唸りながら、首をひねっている。どうも留め具がうまく嵌まらないらしい。それとなく申し出て手伝うべきか、必死な姿を微笑ましく見守るべきか。どちらも捨てがたいなと考えていると、鏡越しに彼女と目が合った。
「わっ、長義さん! いつから見てたんですか? 声をかけてくださったら良かったのに」
「失礼。声をかけようとは思ったのだけど、きみの美しい姿に見とれてしまってね」
「またそういうことを言うんですから。ありがたいお言葉ですけど、慣れていないので少し困ります……」
気恥ずかしそうに振り返った彼女はいつもと違ってしっかり化粧をしているようで、年相応の大人の女性らしさが感じられた。
「素直に受け取ればいい。慣れないというのなら、慣れるまで何度だって褒めようか」
「遠慮させてください……」
審神者はいつも長義の言葉をそのまま受け取ってくれない。長義がからかっていると思っているらしい。
眼鏡の奥の目を細めて、彼女は笑った。鏡のそばには小さな容器が置かれている。今日という日のために彼女が購入したコンタクトレンズだ。大切な親友の晴れ舞台のためにと、彼女はいろいろなものをこの日のために用意していた。
「それにしても、手を焼いているみたいだね」
視線を彼女の手中のパールに向ける。
「はい……。これ、実家でもすんなり付けられたことがなくて、いつも母に留めてもらっていました。まあ、その母も唸りながら付けてくれてたわけですが。髪を整えてもらったときに堀川くんにお願いすればよかったです」
再びネックレスを首にまわし、カチカチと留め具を動かす。だが、あと少しのところで届かず、かみ合わない。
「はは、難しそうだね。俺が代わりにつけようか」
「いいんですか」
「もちろんだ」
はにかみながら、彼女が首飾りを差し出してくる。長義はグローブをさっと外すと机に置き、淡く輝くそれが汚れないように慎重に受け取った。
ネックレスの留め金は想像よりも小さい。これでは確かに一人でつけるのは骨が折れそうだ。
「よろしくお願いします」
「任せてくれ」
ヘアアレンジ担当の堀川によって彼女の髪は綺麗に編み込まれてまとめられており、深い青のリボンのバレッタで飾られていた。以前、長義がお詫びとお礼を兼ねて審神者に贈ったものだった。リボンの中心を飾るパールが揺れ、控えめな輝きを放っている。ドレスに合わせて用意したものではなかったが、彼女の紺色のドレスに誂えたようだった。
長義は彼女の背後に立膝で座ると、ネックレスを細い首にまわした。平時なら髪で隠されている白いうなじがすぐ目の前にあり、なぜかくらくらする。彼女からは甘い香りがした。香水でもつけているのだろうか。
無防備な姿を見て湧いてくる欲に気づかないふりをして、ネックレスの留め具をつける。少々手こずったが、カチカチと数回空振りの金属音を鳴らしたのち、それはしっかりと噛み合った。
「よし、できた」
彼女の細い肩に手を添える。
「ありがとうございます長義さん! 助かりました!」
「どういたしまして。うん、綺麗だ」
嘘偽りのない言葉だった。彼女が自分の主であること、自分の中で特別な位置を占めているという贔屓を差し引いても、綺麗だと素直に感嘆する。
鏡越しに微笑むと審神者も口元をほころばせた。嬉しそうにネックレスに指を添えている。
「誤解のないように言っておくけれど、きみに対して言ったんだよ」
「またあなたは、そういうことを言って困らせるんですから……」
「本当のことだよ。……今日の護衛、できるなら俺がしたかった」
背後から耳元に顔を近づけて囁くと、彼女が息を呑む気配がした。鏡の中の審神者は目を瞠らせている。
「きみとご友人にとって良き日になりますように」
それだけ告げて、机のグローブを掴んで立ち上がる。長義は自分が余計なことをしてしまう前に席を離れた。
2021/07/05
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