五虎退が腕にさげた籐のバスケットには、カップケーキがたくさん入っている。堀川国広に教えてもらいながら、兄弟の乱藤四郎と一緒におやつ用につくったものだ。
チョコチップ、アラザン、ナッツ、ドライフルーツ……カップケーキにはそれぞれに違う飾りがついている。乱が「いっぱいデコっちゃおう!」と張り切った結果、どれも可愛らしい出来栄えになっていた。これらを見た堀川は「かわいくて、食べちゃうのがもったいないくらいだね!」と笑顔で褒めてくれた。もちろん味のお墨付きももらった。
早速できあがったカップケーキを主に届けるべく、乱とともに審神者の執務室に向かう。今日はぽかぽか良い天気。五虎退の主は仕事を終わらせるのが早いので、休憩に庭の植物を眺めているかもしれない。今は藤の花が見頃だ。
藤棚の紫の花を視界の端に入れながら入側縁を走っていくと、前方に目当ての人の姿が見えた。沓脱石の側に腰掛けている。
日向ぼっこでもしているのかな。五虎退と乱はその人のもとに駆け寄った。
「あるじさーん!」
「あるじさま~!」
姿を見つけたのが嬉しくて、つい大きな声がでる。すると、審神者の隣にいたらしい山姥切長義が顔を見せた。彼は本日の近侍だ。長義は自分の口もとに人差し指をあて、「静かに」と口を動かした。その指示でぴたりと立ち止まる。
音を立てないように近づくと、審神者はこっくりこっくりと船を漕いでいた。脇には分厚い本が置かれていた。
五虎退は審神者の寝顔を初めて見た。主は大人の女性だが、寝顔は思いのほかあどけない。
「あるじさま、眠っていらしたんですね」
「疲れているみたいだから、今は寝かせてあげよう。……おっと」
審神者が倒れそうになるのを見て、すかさず長義が彼女の肩を支えて自分の方へ引き寄せる。それはとても自然な動きに見えた。
五虎退は思わず乱に目をやった。乱もこちらを向いていて、ふたりそろって無言で目をぱちくりさせる。
「……そうだった!」
先に声をあげたのは乱だった。バスケットからカップケーキをひとつ取り出し、長義の目の前に差し出す。
「ボクたち、これを渡しにきたんだ。長義さんにあげる。今日のおやつだよ」
「堀川くんといっしょに作ったんです。ぜひ食べてください……!」
五虎退も自分のバスケットから取り出し、審神者の膝の上にひとつ乗せた。長義が優しく目を細める。
「おいしそうだな、ありがたく頂くよ。主が起きたら、きみたちからだと伝えよう」
「うん。長義さん、あるじさんのこと、よろしくね」
「ああ、任された」
棘のない、穏やかな落ち着いた声だった。このひとはこんな声を出すのだ、と意外に思った。
審神者が小さく声をもらした。眠りながら眉をひそめている。目もとにかかった前髪が鬱陶しそうだった。五虎退がそんなことを思っていると、長義の長い指がそれを払った。途端、審神者の表情はやわらいだ。
彼の手つきは優しかった。長義が彼女を見るまなざしは今日の日差しのように温かく、なぜか見てはいけないものを見た気持ちになった。
――目的は果たした。
ふたりはそっと、その場をあとにした。
「ねえねえ、あるじさんと長義さんってそういう関係なのかな!?」
彼らから少し離れたところで、乱が興味津々といった様子で口を開いた。五虎退は首をかしげる。
「どうだろう……? でも、長義さんはあるじさまといっしょにいるときは、いつもよりずっと話しかけやすいし、優しいね」
「そうだね」
視界の先で仲睦まじく寄り添うふたりを見る。とても平和な光景だった。
「……あんまり見てたらだめだよね」
「うん、行こっか!」
バスケットの中には、まだカップケーキがつまっている。乱に目配せされ、五虎退は次の目的地へと走った。
2021/05/24
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