金木犀 #1 - 4/6

添い寝

 

 いつもの任務の中に、ひとつだけ見慣れないものが混じっていた。
『刀剣男士と添い寝をし、霊力強化に努めよ』
 なんだろう、これは。ひどい任務である。意味がわからない。親しい仲の刀剣男士がいない審神者はどうしたらいいのか。セクハラ、パワハラで訴えられるのではなかろうか。
 何も見なかったことにし、端末に表示された任務から視線をそらす。政府からの任務は毎日すべて熟せ、というものではない。刀装などは作らない日も多い。刀剣男士たちの練度があがって、よほど厄介な戦場でない限り、滅多に壊れることがないからだ。
 そういうわけで謎の任務は放置していたが、真面目な近侍に目ざとく見つけられてしまった。山姥切が端末を持って、達成済マークのついていない任務を指差した。
「主、刀装作り以外に終わっていない任務があるようだが」
「終わらせるべきものは終わっています。問題ありませんよ」
 やらなくてもいい任務だから、スルーしてほしい。そんな審神者の気持ちは彼には伝わらなかったらしい。不思議そうに首をかしげて彼は言う。
「この任務なら今からやればいいんじゃないか」
「必須のものではないので……
「だが、報酬はなかなかいいようだぞ」
 その言葉を聞いて山姥切が持つ端末を覗き込む。確かに他の任務より貰える資源の桁が多い。しかし、だからこそ怪しい気もしてくる。いつも労力に見合わない報酬を寄越す政府にしては気前がいい。
「常々みんなからも言われていると思うが、あんたはもっと休んだ方がいい。ちょうどいい任務だと思うが」
「でも誰と添い寝をすればいいんですか」
 ついこぼすと、今更何を言っているんだという顔で山姥切が口を開いた。
「そんなの、俺でいいだろ」
 妙にきっぱりとした言い方だった。
 しばしの間。
 審神者はぶんぶんと首を振った。
「簡単に決めてはいけませんよ。私と、添い寝なんですよ?」
「俺は構わないが」
……添い寝が本当に霊力強化につながるのでしょうか?」
「口吸いで霊力が回復するなら、強化もされるんじゃないのか」
 そう言われてしまうと押し黙るしかない。少し前に審神者は一時的に霊力が著しく下がり、山姥切とキスをすることで霊力を分けてもらったことがある。仕組みはいまだにわからないし、霊力低下の原因もまだ不明だ。
「そ、その節はご迷惑をおかけしました。……よければ忘れてください」
 すでにセクハラ、パワハラを近侍に行っていた。あの恥ずかしい行為を思い出して、とんでもなく気まずくなる。彼の顔を見ていられなくなり、審神者は項垂れた。

 なんとか任務は見なかったことにしたかったが、早く仕事が終わったこともあり、結局添い寝任務を実行することになってしまった。報酬をおいしいと感じたらしい近侍に言いくるめられたような気がしなくもない。
 こんなところで日課が早く済んだことがあだとなるとは思わなかった。現世での勤務を終えてから本丸に来る日であれば、無視できた任務だったはずだ。なぜこういうときに限って、現世の仕事は休みなのだろう。
 もう後は野となれ山となれ。執務室の真ん中の机を隅に退かし、押入れに仕舞われていた仮眠用の布団を取り出して敷く。その間に近侍部屋に戻っていた山姥切が枕を持って帰ってきた。
 そうだね、枕は必要だよね。なぜ布団を持ってこなかったのですか。どこか満足げな顔をしている彼に心の中で問いかける。
 一人分の敷き布団の上に枕を二つ並べると、審神者はカーディガンを脱ぎ、山姥切は肩に羽織っていた布をとった。それから、ふたりで揃って掛け布団の中に潜り込み、狭い中で寝転んだ。最近外に干したばかりなのか、布団はふかふかしていた。
 いつも使っている部屋のはずだが、天井はあまり見たことなかったなあ、と木目をぼんやりと眺めながら身につけていた眼鏡を外す。
「あの、一緒に眠るだけで任務達成なんて、やっぱり変じゃないですか」
……そうかもしれないな」
 横を向けば、思わぬ距離に山姥切の綺麗な顔があり、慌てて審神者は彼に背を向けた。近い。眼鏡がなくても、はっきりと彼の顔がわかってしまう。あまりに近すぎる。
 審神者はそわそわして落ち着かない思いだが、山姥切の方は心なしか眠そうだった。「眠いですか」と尋ねると、「そうかもしれない」と先ほどとほぼ同じ答えが返ってきた。布団に横になってすぐ眠くなるとは、子どものようでおもしろい。
 刀としては長い年月を過ごした彼だけど、人間としてはまだ数年しか過ごしていない。そう考えると、山姥切はまだ子どもなのかもしれない。きっとそうだ、と審神者は思うことにした。
 気など休まらず、この場で眠るなど到底無理なはずだったが、温かな体温を身近に感じて次第に眠たくなってきた。大人であるつもりだったが、自分もまだ子どもなのかもしれない。そのうち自然に審神者のまぶたも閉じた。

 とくんとくんとくん。安心する音に、においがする。
 ふと目を開けて上を向くと、すぐ側に山姥切の顔があった。無意識下で寝返りをし、向かい合わせになっていたらしい。いつの間にか丁寧に腕枕までされて、抱きしめられている。
 これは駄目だろう。距離感が間違っている。そう判断して離れようとするが、意外に強く抱き込まれていて抜け出せなかった。
 山姥切は健やかな寝息を立て、きれいな寝顔を晒して眠っている。睫毛長いなあ。肌がきれいだなあ。髪の毛さらさらだなあ。彼に限らず、刀剣男士はみな美しい。……とのん気に感想を抱いている場合ではない。
 参ったなあ、と心の中で降参する。この状況、どうすればいいのだろう。山姥切とは恋愛関係にない。審神者と初期刀というありふれた関係なはずなのに、口吸いをすることになったり、添い寝をすることになったり、おかしいのではないか。男女の関係に縁がない審神者には刺激が強すぎる。
「なんで山姥切くんは、いつも断らないんですか?」
 小声で尋ねてみる。返事はない。ひとり言のようなものなので、返事はいらなかった。
「責任感、強いものね。あなたが断ったとしても、私は別に責めないのに」
 参ったなあ、と再度つぶやく。ずっと気づかないふりをして、奥の底の方に隠して閉じ込めて封をしておいたのに、最近蓋が開きそうになっている。
「山姥切くん、こんなの……困っちゃうよ」
 何も望まないし、変わらなくていい。特別を作るのは怖い。
 どうしようもない気持ちになって、頭を彼の胸に預ける。とくんとくん、とくとく。規則正しかった鼓動が少し乱れた気がした。

 

2021/07/09
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