幸福な倦怠感に包まれながら、夢うつつの間でまどろんでいると、隣で寝転ぶ山姥切の手が伸びて髪をすくっていく。汗で額に張り付いた前髪を払おうとしたらしかった。
瞬きを繰り返して見つめると、彼はとろけそうなほどの甘いほほ笑みを浮かべた。このひとはこんな表情もするのだ。そう思うと無性に恥ずかしくなって、審神者は体にかけていた布団を上にずらして顔を隠した。
「なぜ隠す」
「恥ずかしくなったからです」
「俺はあんたの顔を見ていたい」
布団は容赦なく下げられてしまった。衣服を一切身につけていないせいか、初夏とはいえ体が冷える。早く着替えなければと辺りに散乱している服に腕を伸ばす。だが、思ったように動かなかった。腕が痛い。それだけではなく体のあちこちが痛い。よくよく見てみれば、手首には強くつかまれた名残りが赤く残っていた。その跡の主はもちろん目の前のきれいな男だった。
「冷えるのなら、もっと近くに寄ればいい」
遠慮しようとしたが、問答無用で体を引き寄せられた。
「なあ主」
「なんでしょうか」
もの問いたげな翠の瞳に見つめられ、首をかしげる。彼は妙にかしこまった様子で口を開いた。
「まぐわった後、女人はぴろーとーくを大切にすると聞いた。だが困ったことに何を話せばいいのかわからない」
「ピロートークですか……」
そんなもの審神者にはわからなかった。なんせ初めての相手が彼なのだ。審神者は山姥切しか知らない。基準が彼だ。わかるはずがない。肌を重ねるのは二度目になるが、一回目はそれどころではなく考えもしなかった。なにを話すべきなのだろう。正解を教えてほしい。
首をひねりながら、記憶の片隅のできごとを思い出そうとする。
「……前に他の本丸の女性審神者さんたちがそんな話をしていた気がします。が、内容はほとんど覚えてません……」
政府施設で行きあった女性審神者たちと時間つぶしに会話した折に、そういった際どい内容になった記憶がある。普通の顔をして聞ける話ではなかったし、自分には縁がないと思ったから聞き流していたが、きちんと聞いておけばよかったと今更ながら思う。
その時はまさか自分が、本丸の刀とそういう関係になるとは思ってもみなかったのだ。
「前はその……全然気が回らず、すまなかった」
「謝らないでください。お互いさまですよ。しっかりしなくちゃって思ってたのに私、ダメダメでしたし……」
あの日のことを思い返して、つい笑ってしまう。あんまり疲れたので記憶がところどころ飛んでいるが、山姥切の手を焼かせたことはよく覚えている。
「それこそお互いさまだろう。……触れてもいいだろうか」
「……はい」
頷けば、うすく笑みを浮かべて山姥切が頬に触れてくる。壊れ物を扱うような優しい手つきだった。骨ばったかたい手のひらはほんのり温かくて気持ちがいい。
「山姥切くんの手のひらは温かいですね」
「嫌だったか」
「いいえ」
知らないうちに自分からすり寄ってしまう。それに気づいて、誤魔化すように静かに声を出す。
「私も触っていいでしょうか」
「ああ、いつでも好きなときに触れればいい」
「では失礼します」
主は律義だな、と優しく目を細める彼のしろい肌に触れる。顔の輪郭をなぞるようにぺたぺた触ると山姥切はくすぐったそうに声をもらした。
「あんたの手はひんやりしている」
「……すみません、不快でしょうか」
「いや、気持ちいい」
手をつかみ、審神者が彼にそうしたように目を閉じて、頬を寄せる。
「なんだか私たち、同じようなことを言っていますね」
「そうだな」
笑みをこぼせば、山姥切もつられたように口元を緩めた。
「あっ、思ったんですけど、こういうのがピロートークなのではないでしょうか」
事の後、ふたりで他愛のないことを話し、触れ合う。今自分たちがしていることだ。
「ネットで調べたらいろいろ出てきそうですけど、私は山姥切くんとする話なら、なんでもいいかなって思います」
つかまれていた手が離されたので、彼のきんいろの髪にさし入れる。
「楽しいことも悲しいことも、なんでも話してください。たくさん内緒話をしましょう。ね?」
我ながらいい案ではないだろうか。世の恋人たちも些細なことで笑い合っているに違いない。おそらく。
「秘密でもなんでもない話ですけど、私キスしたのもあなたが初めてですよ」
さらさらの髪をゆっくり梳きながら打ち明けると、また山姥切につかまれてしまった。
指先がそのまま口づけられる。ちゅ、と小さく音がした。何度か繰り返したのち、手が離される。満足したのかな、と思っているとぐっと顔が近づき、頬に唇が落とされる。
「どうしたんですか」
そう尋ねた直後に唇もふさがれた。
「したくなったからした。これ以上やると止まらなくなるだろうから、やめておく。あんたが明日動けなくなったら大変だからな」
指の腹で審神者の唇をなぞりながら、山姥切はまた甘いほほ笑みを浮かべた。
2021/07/19
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