今日はお祭り - 2/4

金魚

 

 暗い闇の中にぽつりぽつりと明かりがともる。提灯の火だ。ピーヒャラ、ドンドン。祭りを感じさせる音がする。
 秋田藤四郎に伴って、鶴丸がやってきたのは万屋通りで行われる納涼まつりだ。七月、八月の土日の夜に縁日が開かれると広告にあったらしい。本当は主とも一緒に来たかったそうだが、都合が合わず、ちょうど暇していた鶴丸に付き添いの白羽の矢が立ったのだった。
 ひとびとのにぎやかな声が近づくにつれ、熱気も増す。普段着ている戦装束で来てしまったが、浴衣などの軽装を着てきたほうが、風情があってよかったかもしれない。涼しげな格好のよその本丸の審神者やその近侍たちを見て、鶴丸は思う。
「なにを買うんだったか」
「えっとですね……たこ焼き、お好み焼き、みたらし団子、焼きとうもろこし、それから……
 隣を歩く秋田に尋ねれば、メモ用紙を片手に彼はつらつらと読み上げる。見事に食べ物ばかりだ。そして遠慮がない。
「あー、まだあるのか?」
「はい。イカ焼きに牛串、綿あめ、りんご飴……
「そんなに買うのかい」
「お金はもらってますよ。みんな、その辺はきっちりしていますから」
 秋田はにっこり笑った。
「まあ金は余ってるくらいだからな。それにしても、他のやつらも一緒に来たらよかっただろうに」
「順番に行くみたいですよ。本丸が手薄になってはいけませんから」
「そりゃそうだな。まったく、きみたちはしっかりしてるぜ」
 万屋街の大通りの両脇に連なる屋台の前を歩きながら、目当ての品を見つけては購入していく。途中、愉快なお面が売っていたので秋田と自分用に一つずつ購入し、頭に装着する。鶴丸は知らなかったが、仲間の一部に人気のアニメのキャラクターらしい。
 土産に頼まれた品はまだ半分は残っている。集合場所を決めて、鶴丸たちは一度二手に分かれることにした。縁日はなかなか混み合っていて、ひとつずつ確認していては時間がかかりそうだった。
 ひととおり見てまわり、両手にビニール袋を下げて、集合場所に行く。秋田の姿は見えなかった。手間取っているのだろうか。辺りを見渡せばピンク頭がいくつか見えた。そのうちのひとつに慣れ親しんだ霊力を感じる。近くに寄ってみると、秋田はとある屋台をじっと見つめていた。
「わっ!」
 いたずら心がわき、気配を消して背後から声をかける。よほど目先のものに集中していたのか、秋田はびくりと体を震わせて飛び上がった。
「わあっ!」
 振り返った彼と目が合う。
「あ、すみません鶴丸さん。お待たせしてしまって」
「別に気にしなくていい。ところでなにを見ていたんだ……って金魚か」
 目の前には大きな透明な水槽。そこにはたっぷりの水が張られ、何百匹もの金魚が優雅に泳いでいた。見た目に涼しい光景だ。それはそうとして、大きめの水槽とはいえ密度が高いのにぶつからずに泳ぐ金魚たちはすごい。鶴丸はぼんやりと眺めながら、心の中で感想をつぶやく。これは「金魚掬い」というより、どちらかといえば「金魚救い」なのではないか。
「やるのかい」
「はい! 挑戦してみます!」
 がま口の財布から小銭を取り出し、屋台のおやじに払う。ポイとプラスチック製の器を受け取った秋田は気合十分な様子だ。
「いきます……!」
 固唾を呑みながら、鶴丸は後ろから雄姿を見守る。だが、聞こえてきたのは「ああ……」という気落ちした声だった。水に浸した瞬間にポイの紙がふやけて破れてしまったようだ。「残念だったなあ!」とたいしてそう思ってはいなさそうな声で屋台のおやじが声をあげる。
……鶴丸さん……
 肩を落としながら振り向く秋田は心残りがあるといわんばかりの表情だった。さもありなん。鶴丸は服の袖をまくり、財布から小銭を取り出した。
「ここは俺の出番だな! 秋田、任せておけ。俺が金魚を救ってやろう」
 道具を受け取り、水槽の金魚を注意して見やる。
「どいつを狙ってたんだい」
「あのこです」
 指先が示したのは全体が白っぽく、赤いまだらの模様がかわいらしい金魚だった。おめでたい色合いだ。頭の上のほうが赤いので、そこだけ見ると鶴のように見えた。一緒に泳いでいる赤一色の和金や黒い出目金とは種類が違うようだ。元気もいい。
「よし、わかった。あれだな」
 狙った金魚が近くに来るのを待ち、慎重にポイを水面に近づける。
(来た……!)
 手首のスナップをきかせて、すばやく金魚をすくいとる。ぽちゃん、と水音を響かせて、紅白が容器に移った。その瞬間、隣で様子を見ていた秋田がパチンと両手を合わせる。
「すごいです、鶴丸さん!」
 金魚は何事もなかったかのように、器のなかをくるくると回っている。
 一匹救ったはいいが、ポイは衝撃で破れてしまった。二匹目は残念ながら救えなかった。鶴丸は屋台のおやじからビニール袋に入った金魚を受け取り、秋田とともに店を離れた。
 ひととおり買い物を済ませ、帰路につく。
「鶴丸さんは金魚すくい、得意なんですか?」
「いや初めてだからなんとも……。縁日も初めてだしなあ。みんなで来たら、もっと楽しいだろうな」
「そうですね!」
 両手にたくさんの祭りの土産を持ち、喧騒から離れていく。秋田の片手から下げられたビニール袋のなかでは、めでたい紅白の金魚がゆらゆらと舞っている。

 

 祭りのにおいを漂わせた二人が本丸に帰還すると、待ちわびていたのか「おかえりー」「縁日どうだった?」と仲間がわらわらと集まってきた。
「薬研、きみの言っていた牛串はなかったぞ。代わりになるかはわからんが、焼き鳥を買ってきたぜ」
「そりゃ残念だ。焼き鳥、ありがとな」
 ひとりひとり会話をかわしながら、頼まれていた品を渡す。すべてを渡し終えた後は、秋田に手を引かれるままに審神者の執務室へ向かう。
「秋田藤四郎、ただいま戻りました!」
「帰ったぜ」
 襖の前で声をかけるとすぐに開き、主の近侍である山姥切国広が顔を見せた。相変わらず襤褸布を深くかぶっている。口数の少ない彼は特に何か言うことはなかったが、鶴丸たちが頭にのせたお面に視線を向けるとわずかに口元を緩めた。
「おかえりなさい。縁日、楽しめたみたいですね」
 近侍に少し遅れて、審神者も姿を見せた。眼鏡の奥の瞳が面を見ている。「よかったら中にどうぞ」部屋に入るよう促され、遠慮なく足を踏み入れる。
「たくさんお土産を頼まれていたようですが、お金は足りましたか?」
「そっちの心配はいらんぜ。十分な給料をもらっているのに使いどころがないから、貯まっていく一方なんだ」
 肩をすくませて見せれば、彼女は小さく笑みをこぼした。
「主君! 鶴丸さんが金魚をすくってくれたんです。僕、しっかりお世話するので飼ってもいいですか!」
 事後報告ですみません。謝る秋田に「もちろんいいですよ」と審神者は言った。
「水槽はどうしましょうか。あ、そういえば、どんぶりで飼う方法があったような気がします。ちょっと調べてきます」
「僕も行きます!」
 審神者と秋田が端末のもとに向かう。キーボードが静かに叩かれる音がした。秋田が興味津々の様子で彼女の隣からモニターをのぞき込んでいるのが見える。「あ、これですこれ。すごく仲良くなれるそうですよ」「かわいいですね!」「ええ、とても」楽しそうな会話が聞こえてくる。
 残された鶴丸は同じく残された山姥切と机を挟んで向き合っていた。当然のように会話はない。どうしたものかと思いながら、鶴丸はビニール袋の中に残っているパックを取り出した。なんだそれは、という目で山姥切が見るので、変なものではないと説明する。
「怪しいもんじゃない。大判焼きさ。きみたちへの土産だ。ほら、主も山姥切もなにも頼まなかったろう?」
 疲れたときには甘いものって言うしな、ふたりで食べてくれ。そう続ければ、「わざわざ俺の分まで悪かったな。ありがたく頂く」と彼は受け取ってくれた。
 会話はそこで終わりと思われたが、意外なことに山姥切が口を開いた。
……縁日はどんな感じだったんだ」
 珍しいことに面食らいつつも、鶴丸はなるべく山姥切が興味を持つようにどんな場所だったか詳細を教えた。
「そうか。あいつも行けるといいんだが」
 ちらと審神者のほうに目を向ける。山姥切は言葉にすることはないが、彼女を大切に想っている。それは鶴丸もよく知っていることだった。
「八月の終わりの日曜日までには、さすがに行けるんじゃないか。天気が良いといいんだが。もちろん、きみもいつかは行くんだろう?」
……さあな、考えておく」
 と言っている彼だが、主が行くのならこの近侍もついていくのだろうという確信が鶴丸にはある。
 少しの沈黙ののち、秋田がやってきた。
「厨に行って、堀川くんからどんぶりもらってきます!」
「水も用意しないといけませんよね。バケツは倉庫だったかな……
 ひとり言をつぶやきながら、審神者もこちらへやってくる。
「そういえば、そちらの金魚さんの名前は決まっているんですか?」
 首をかしげながら彼女が秋田に尋ねる。秋田は鶴丸を見た。
「鶴丸さんがすくってくれたので、鶴丸さんに命名してもらいたいです」
 その場にいるものの視線を一身に受け、腕を組む。どんな名前にしたらいいものか。驚きが欲しいところだが、変に奇をてらった名前は覚えにくいかもしれない。紅白、つる、まだら……どれも違う気がする。うーんと唸り、鶴丸は悩みつつも思い浮かんだ名前を口にする。
「金魚のきんちゃん」
……金魚のきんちゃん」
 秋田が復唱する。「そのまんまだな」と感想をつぶやくのは山姥切だった。
「じゃあきみなら、どんな素晴らしい名前をつけるんだろうな!」
 言ってやれば、山姥切は顔を背けた。
「悪いとは言っていない」
「かわいい名前だと思いますよ!」
 審神者はにこにこと鶴丸の案を褒めてくれる。
「僕もそう思います! 今日からきみは、きんちゃんだよ」
 ビニール袋の中の金魚――きんちゃんに秋田がほほ笑みかけた。

 

2021/07/30
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■こんな本があります
岡本信明ほか著『どんぶり金魚の楽しみ方:世界でいちばん身近な金魚の飼育法』池田書店、2014年
 金魚がめっちゃかわいいです。「丹頂」という金魚が鶴っぽいですが、ここに出てくるのは別の種類のものです。