任務:恋仲になれ

 刀剣男士の数は多く、みな見目麗しく、真面目で優しく強い。人間とは違う存在だとわかってはいても、姿かたちは人のそれだから、彼らに憧れ、恋をし、愛を育んでいく審神者はそれなりにいた。だが、この本丸の審神者はそうではなかった。
 業務の傍ら、日々の任務をこなし、趣味の読書をする。たまに歌仙兼定と一緒に料理を作る。その程度のごく普通の生活を送っていた。彼女は結婚願望もなければ、特定の相手を欲したこともなかった。
 そんなある日、政府からとある指令が届いた。曰く、「刀剣男士と恋仲になれ」。どうやって? と審神者は疑問符を頭に浮かべた。どうすればいいのか。どうなりたいのか。そもそも誰と恋仲になればいいのか。次々と浮かぶ疑問符を処理できず、彼女は途方に暮れた。
 どうしようもないので、やはりここは何も見なかったことにし、普段どおりに過ごすことにした。鍛刀し、申し訳なさを覚えながら刀解し、力を貸してくださいと願いながら錬結し、出陣の指示と遠征の指示を出す。その傍らで資料に目を通し、歴史修正主義者について学んだ。そして日課報告をまとめるために、執務室へと戻った。
 すると、机の上には一通の手紙が置かれていた。
 なんだろう。不思議に思って、封を切る。中にはシンプルな便箋が一枚入っていた。そこに書かれていた文字を見て、審神者は固まった。

――拝啓 審神者様
 突然のお手紙失礼いたします。私は政府所属の役人です。このたび、あなたさまの本丸に特別な任務が下されました。つきましては、あなたさまの恋人役を演ずる者を一人、選出していただきたく存じます。なお、この任務を拒否することも可能ではございますが、その場合、あなたさまの本丸は現在よりも過酷な状況に置かれることとなりましょう。何卒お含みおきください――。

 審神者は頭を抱えた。これはいわゆる、脅迫だ。見て見ぬ振りはできそうになかった。
 しかし政府に問いたかった。一体誰を恋人役に選べばいいのかと。あんたらは一体何度私にセクハラパワハラをさせるのかと。普段物静かな審神者の口からは到底発せられることのない悪態が次々飛び出した。
 だが、彼女はいつになく冷静だった。
 彼女はすぐにこんのすけを呼び出した。そして政府の役人たちによる審神者へのセクハラやパワハラ(としか思えない)行為の数々を洗いざらい話した。
 審神者いわく、
・政府は審神者に対して、刀剣男士との肉体関係を求めることがある。
・また、審神者自身に刀剣男士と恋仲になるよう求めてくる。
・さらに、刀剣男士と恋仲にならない審神者には、より過酷で苛烈な任務が課せられる。(刀剣男士にも選ぶ権利はある! と刀剣男士の刃権を訴えた)
 こんのすけは目を丸くした。まさか本丸がそんなことになっているとは思いもしなかったらしい。政府所属とはいえ、こんのすけはしがない管狐。本丸にずっと留まっているわけではないし、審神者がセクハラやパワハラ紛いの行為をさせられていることには気づいていなかった。(ちなみに刀剣男士もそんなことされているとは気づいていなかった)だが、審神者の訴えを聞き、その事実を知って愕然としていた。
 こんのすけは即座に担当官に連絡を取った。審神者から聞いたことを伝えた。
 担当官は慌てふためき、慌てて謝罪の言葉を口にした。だが、時はすでに遅し。審神者と刀剣男士たちは既に怒り心頭。担当官の首を締め上げかねない勢いだった。
 そこで急遽、夜に緊急会議が開かれた。面子は件の担当官と本丸の刀剣男士たちだ。審神者はただでさえ忙しい身で疲れているので、さらに心労をかけるのはよくないという初鍛刀の今剣の言によって、この会議に審神者は招集されていない。今頃は現世にある自宅でゆっくり休んでいることだろう。

 場は緊張に包まれていた。力なく頭を垂れる担当官を責め立てるように、鋭い視線が突き刺さった。
「いつも穏やかで物静かなあの主を怒らせるとは、いったい何を考えているのか!」
 初期刀の山姥切国広を始め、ほとんどのものが激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだった。
 なかでも山姥切の怒りは凄まじかった。審神者とは長い付き合いだが、これまで彼女の怒りに触れたことがなかったからだ。
 山姥切国広は拳を握った。その目は完全に据わっている。彼の背後で、本日の近侍を務める乱藤四郎がそっと己の本体を差し出した。彼は無言のままそれを受け取った。鞘から抜き放つ。
「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いてくれ……!」
 担当官が慌てて声を上げた。刀剣たちはみな、こいつがどうなろうが知ったこっちゃないねという顔をしていたが、ただ一人だけ、彼を擁護するものがいた。この本丸の初太刀である鶴丸国永だ。
「まぁまぁ、みんな落ち着けって」
「これがどうして平静を保てるっていうんだよ!?︎」
 憤る者たちに苦笑しながら、鶴丸は口を開いた。
「今回の一件、俺たちにとって悪い話ばかりじゃないと思うぜ?」
 それはどういう意味なのかと、誰もが疑問符を浮かべた。
「むしろ、俺たちにとっては良い話じゃないか? 彼女と恋仲になることができるかもしれないんだぞ? 他の連中も、そういう気持ちが少しはあるんじゃないか?」
 ざわりと空気が揺れた。確かに言われてみるとそうだ。審神者と恋仲になれるなら、願ったり叶ったりではないか。自分たちは彼女に惚れ込んでいるのだ。あわよくば彼女も自分たちのことを好ましく思ってほしいと思っていたのだ。だが、本当にそうなるだろうか? 彼女は今まで数多くの刀剣たちに慕われてきた。その中には自分も含まれている。しかし彼女が誰かを選んだところを見たことがない。
「俺は反対だ。主は大切な人だ。彼女もいつかは誰かと恋仲になり、誰かに娶られるのだろう。……だが、俺はまだ、誰にも渡したくない……」
 それは告白というより懇願に近いものだった。その言葉に同意するものは多くいた。次々と挙手があがり、意見が述べられる。そして最後に、ある刀剣男士の手が上がった。
 その刀剣男士は静かに立ち上がった。凛々しい佇まいを見せるその青年は、山姥切国広であった。彼は真っ直ぐに担当官を見据えて言った。
「あんたにはもっと言ってやりたいことがあるし、いっそ斬ってしまえばいいとも思っているが、そんなことをしたら主はまた心を痛めるだろう。……今回だけは目を瞑る。ただし、次はない」
 乱藤四郎の本体を持ったまま言い放つ山姥切の目は本気だった。口数の少ない彼は言ったことは必ず成し遂げる男だった。その言葉に彼の怒りの大きさを知り、場が凍りついた。
 こうして、政府役人によるセクハラパワハラ及び審神者への(による?)強制猥褻未遂事件は幕を閉じた。
 後に残されたのは、青ざめた顔で震える担当官の姿だけだった。

 

 その翌日、刀剣男士たちは本丸にやってきた審神者に事の顛末を報告した。審神者は「そうですか」と静かに呟いた。
「みなさんにもご迷惑をおかけしましたね。すみませんでした」
 審神者が深々と頭を下げると、刀剣男士たちは慌てて首を横に振った。
「いや、そんなことはない! 主は何も悪くない!」
「そーだよ! 主さんのせいじゃないよ!」
「主は頑張っていた」
「主様はお気になさらずともよろしいのです!」
「……ありがとうございます」
 審神者はふわりと微笑んだ。その笑顔に、刀剣男士たちの胸が高鳴った。
「……ところで、何か欲しいものはありませんか? して欲しいことでもいいです。私にできることなら何でもします。今回のお詫びと日頃の感謝を込めて、なにかしたいのです。遠慮せず教えてください」
「えっ、なんでも?」
 審神者の申し出に、刀剣男士たちは目を輝かせた。
「あるじさまになでなでしてもらいたいです……!」
 真っ先に手を挙げたのは、短刀の中でも甘えん坊で知られる五虎退だった。審神者は優しく笑うと、「はい、わかりました」と言った。
「他にはありませんか?」
「じゃあ俺は肩を揉んでほしいなぁ」
「俺は膝枕してほしい」
「俺はぎゅうって抱きしめてほしい!」
「ぼくは、あるじさまのひざのうえにのせてもらって、いっしょにあそびたいです」
「僕は主君と一緒にお茶がしたいです」
「僕は一緒に畑仕事をしてみたいなあ」
 口々に希望を述べる刀剣たちに、審神者はにっこりと笑って答えた。

 

 審神者が畑仕事の手伝いから戻ると、一振りの刀が待ち構えていた。山姥切国広だ。彼は審神者の姿を目にすると、おもむろに声をかけた。
「主、話があるんだが、少しいいだろうか」
 いつもなら、特に用がない限り山姥切が声をかけてくることはない。彼は他の刀たちと違って、あまり積極的に他人と交流を持たない性格なのだ。そのため、わざわざ自分から話しかけてくることは珍しかった。一体何の用だろうと思いながら、審神者はどうぞ、と答えた。
 庭に面した縁側に腰掛ける山姥切に倣って、審神者も隣に座る。彼の横顔を盗み見ると、どこか思い詰めたような表情をしていた。こんな山姥切を見るのは初めてだ。どうしたのだろうと不安になる。彼はなかなか口を開かなかった。
「そういえば、山姥切くんはなにか欲しいものとか、して欲しいことはないんですか?」
 黙ったままの彼に代わって審神者が尋ねると、山姥切は視線を彷徨わせてから、意を決したように口を開いた。
「……あんたの時間をくれ」
 その言葉の意味が理解できず、審神者がきょとんとしていると、彼は言い直した。
「あんたの一日が欲しいんだ」
「私の、ですか?……別に構いませんけど、そんなものでいいのですか? 他に何かあります? 遠慮せずに言ってください」
「…………本当にいいのか? 後悔しないか? 俺なんかでいいのか? 本当に写しの俺でいいんだな? 俺は本気だぞ? 本当にいいんだな? 本当に本当に俺でいいんだな!?」
 あまりにも念押ししてくるので、思わず笑ってしまった。
 山姥切はそんな審神者をじっと見つめている。その真剣な眼差しに、審神者はますます可笑しくなった。
「はい。山姥切くんこそ、一日だけでいいんですか? 他には何もないんですか? もっと欲張ってもいいんですよ?」
 山姥切はしばらく考え込んだ後、ぽつりと言った。
「……もっとあんたに触れたいし、触れられたい」
 山姥切は審神者に向き合うと、彼女の手を取った。そして、その指先にそっと口付けた。それはまるで、誓いのキスのようだった。
 審神者はくすぐったくて、身を捩った。山姥切はその手を離さなかった。審神者は微笑むと、その手に自分の手を重ねた。