ねこのいる風景 - 1/3

 
 にゃあ

 

 山姥切長義は猫が嫌いである。理由は単純明快。なんの努力もせず、ただそこにいるだけで審神者の寵愛を受けるから。
 長義は審神者が好きだった。それはもう、気が狂いそうなほどに。だが、その想いを伝える気はなかった。審神者に想い人がいることを知っているし、自分が彼女に想いを告げたところで迷惑にしかならないだろうと思ったからだ。
 そう己が気持ちを律しているというのに、この黄金色の野良猫ときたら、今日もふらりとどこからかやってきては図々しくも審神者の膝の上を占拠しているのである。
「……」
 無言で睨みつけても、猫は全く気にした様子もなくごろんと横になったまま、呑気に欠伸をしていた。時折、思い出したかのように碧い瞳をこちらに向けては「にゃあ」と挑発するように鳴いて見せる。
「……っ」
 思わずペンを握りしめる手に力が入った。ぐしゃり、と紙が歪んだ。長義は猫を睨んだが、当の猫は素知らぬ顔で審神者の膝上であくびを繰り返してみせるばかりだった。
――まったく、なんなんだこの猫は!
 彼女の膝はよほど居心地がいいらしく、山姥切長義が何度退かそうと試みても、黄金色の猫は頑としてその場所を譲ろうとしなかった。
「……おい」
 低い声で呼びかければ、審神者はびくりと肩を震わせて、恐る恐るといった様子で長義の方へと視線を向けた。
「あの、どうかされました?」
「いや、違うんだ。すまない」
 そう言いつつも、長義の視線は彼女と膝上の猫の間を彷徨っていた。
――ああ、くそっ!
「……主、そいつがいては仕事の効率が悪くなるんじゃないかな? 俺が預かるよ」
 長義はそう言って、審神者の膝上にいる猫に手を差し出した。しかし、猫は長義の手に爪を立てて威嚇する。翡翠の丸い双眸がぎろりと長義を睨んでいた。
「……」
 長義は無表情のまま、差し出していた手をゆっくりと引っ込めた。「だ、大丈夫ですか!?」と審神者が心配そうに声を掛けてきたが、「なんでもないよ」とだけ答えた。そして、何事もなかったかのように書類仕事を再開する。しかし、内心の苛立ちが消えることはなかった。
 相変わらず猫は甘えるように彼女へとすり寄っている。彼女はそんな猫を愛おしそうに見つめて、作業の手を止めては頭を撫でたり、あごの下を掻いたりしてやったりしている。猫はそれがたいそう気持ちがいいようで、目を細めて満足げにゴロゴロと喉を鳴らすばかりだった。
「……」
 正直、面白くない。そんな長義の心情など露知らず、審神者は穏やかな笑みを浮かべたまま、楽しげに猫を構ってやっている。
「主は随分その猫を可愛がっているようだね」
「ええ、まあ。なんとなく似てるなって……」
 そう言って、照れたように笑む。この猫を通して彼女が誰を見ているのか、嫌でも分かってしまう。長義はそっと息を吐いた。
「にゃあ」
 猫が一声鳴いて、審神者の膝上から飛び降りた。「猫さん?」不思議そうに首をかしげる彼女が見つめる中、黄金色の毛並みを持つ美しい獣は閉じられていた襖を器用に開けて廊下へ出て行った。それと入れ違いになるように、足音が近づいてくる。
「主、失礼する」
「山姥切くん? どうぞ」
 隙間が開いたままの襖が大きく開かれて、山姥切国広の姿が現れた。襤褸布を被ることをやめた彼は、真っ直ぐに背筋を伸ばして、凛とした雰囲気をまとっていた。部屋に差し込む陽光にきらめく金糸が、先程まで審神者の膝上で丸くなっていた猫を思わせ、長義はわずかに眉をひそめる。
「……おや、どうかしたのかな?」
「厨番が八ツ時の菓子が用意できたと言っていたから、呼びに来た」
「わざわざありがとうございます。長義さん、休憩に行きましょう」
 審神者はそう言って立ち上がった。長義が頷くと彼女の柔らかな瞳はすぐに山姥切国広の方を向く。
「今日のおやつはなんでしょう?」
「まりとっつぉ? とかいう菓子らしいぞ」
「おしゃれですね~」
 仲睦まじく他愛のない会話を交わす主従の少し後ろを歩きながら、長義は静かに息を吐き出した。ふたりの背中を見ていられず、視線を庭に向ければ、先程まで審神者の膝上で丸まっていた猫がちょこんと行儀よく座っていた。その瞳はまっすぐに長義の方に向けられている。まるで、お前も諦めが悪い奴だ、と言われているような気がした。
「にゃあ」
 猫は長義を嘲笑うかのように再び鳴いて見せた。やはり猫は嫌いだと長義は思った。