こんのすけ経由で政府から呼び出しの連絡がきたのは数日前のことだった。なんでも本丸には結界が張ってあるらしく、その補強をするとかなんとかで確認とその署名が必要なのだという。そんなこと少しも知らなかったので、政府の技術はすごいんだなあと感心するばかりである。
今日の近侍は御手杵だった。政府施設へ行くお供にするには少し頼りない気がしないでもないが、いつも一緒に着いてきてくれる初期刀の蜂須賀は忙しそうにしている。少しの用事で彼の時間を使うのは申し訳なかった。大体、彼が多忙な原因の一つは審神者にあった。
早速御手杵を誘って施設へ向かう。政府施設――市役所みたいな場所だ――を訪れたことのない御手杵は興味津々といった様子で辺りを見回している。
「なんか演練場みたいだな」
「そりゃそうだろうよ」
施設内は審神者とその近侍の刀剣男士でごった返していた。自分のもとに来たものと同じような連絡を受けた人が多いのかもしれない。
人混みに少々うんざりしながら、窓口で受付する。審神者の応対をしたのは刀剣男士の平野藤四郎だった。自分の本丸にいる彼より、若干きびきびしているような気がする。環境によってこうも違いがでるのかと不思議に思う。
「ただいま準備中です。申し訳ございませんが、1時間後にまたお越しください」
「はい、わかりました」
内心、準備できてねーのかよと思いながらも、しおらしく頷いて待たせている近侍のもとに戻る。御手杵はその話を聞くと「ええ~」とあからさまに不満をあらわにした。
「俺だって、ええ~って感じだよ。早く日課こなしたいのにさ」
「今日のがなくたって、できてないだろ。ラジオ体操の時間早めればなんとかなるんじゃないか?」
「あれ以上早くしたって、みんな起きないだろ」
「確かになー。俺は無理だな」
審神者は極端に朝に弱い。そのせいか、初期刀の蜂須賀以外の刀剣男士もみんな朝に弱かった。その代わり夜に強く、短刀・脇差・打刀は特に夜戦でその力を発揮する……といえば聞こえはいいが、朝が遅いせいで活動の時間も当然遅れ、日課を終わる時間も遅くなるという悪循環。
蜂須賀には本当に苦労させていると審神者は頭があがらない。だから1年ほど前から、毎朝本丸放送でラジオ体操を流すことにしたのだった。そのときに色々ひと悶着あったのだが、ここでは割愛する。
「仕方ないし、どっかで時間潰そうぜ」
「だったら俺、メシ食いたい。腹減っちまってさ」
しょんぼりと眉を下げる御手杵に審神者はよし、と頷いた。
「じゃあドリンクコーナーにでも行くか!」
「なんでだよ! ほら、あっちに喫茶コーナーとかレストランとかあるじゃんか」
コーヒーカップの表示とナイフとフォークの表示を指差し、「メシ食える場所だろ」と御手杵が騒ぐ。
「無理。余分な金ねぇもん」
「けちー」
「ケチで結構。無駄遣いしたら蜂須賀が鬼になるぞ」
「それは嫌だな」
とりあえずドリンクコーナーへ行くことになった。時間が1時間ほどあるということで、わざと遠回りをして向かう。それなりに時間が潰れたはずだ。
ドリンクコーナーに到着する。考えることはみんな同じらしく、この場所も審神者と刀剣男士で賑わっていた。なんとなく女審神者が多い気がするのは気のせいだろうか。いやにベタベタしている二人組が多いように思われて、審神者はなんともいえない気持ちになった。
「なんか妙なもんがいっぱいあるなあ」
御手杵は無邪気に周りを眺めている。そこら中に設置された自動販売機に興味を持ったようだ。そういえば使ったことないっけ、と思いながら審神者は簡単に指を差しながら説明する。
「腹減ってるならあれだな。あそこらにある機械は自動販売機っていって、食べ物を売ってくれる機械だ。使い方はあとで説明する。左奥から順にパン、カップラーメン、お菓子、アイスクリーム、飲み物って感じに並んでる。どうする?」
「うーん、腹減ってるし、俺はカップラーメンがいいなあ」
「じゃあそうするか。俺も食べよ」
そこらをうろうろしている人を避けながら、目的の自販機のもとに向かう。
「へぇ、いろいろあるんだなあ」
自販機のディスプレイにずらりと並ぶ見本に、御手杵は感服した様子だった。
「俺、塩ラーメンにしよっかな。御手杵は?」
「えーっと、俺はしょうゆにする」
「了解」
ジーンズのポケットから小銭入れを取り出し、お金を入れる。電子マネーが主流の昨今だが、無駄遣いをなくすには現物を持っていた方がいい。政府施設の機械はちゃんと小銭が使えるのがいいと審神者は思う。
目当てのカップラーメンのボタンを押す。受け取り口の奥にカップ麺がぽとりと落ち、中の機械がふたを開けて、湯を注いだ。「ほえ~」と御手杵が奇妙な声を出す。
「こいつ、なかなかやるなあ」
自分と同じくらいの高さの自販機をぽんぽんと叩く。
「あんまり叩くと湯がこぼれちまうぞ」
「あっ、そっか」
できあがりのランプが点灯したのを確認し、中の容器を取り出して渡す。
「ほらよ。あちーから気をつけてな」
「おう……っとほんとに熱いな。すげー!」
割り箸もついでに渡す。御手杵の方から醤油の食欲を誘う良いにおいが漂ってくる。それを嗅ぐとなんだか醤油味が食べたくなってきた。審神者は塩ラーメンではなく、醤油ラーメンのボタンを押した。
「あれ、あんた塩じゃなかったのか」
「おまえが醤油のいいにおいさせてるからだろ!」
「そっかー、醤油はやっぱりいいだろ~」
どうやら審神者の御手杵は醤油推しらしい。
「とりあえず待ちながら席探すか。って、テーブル席は埋まってるなあ」
「俺は立ち食いでもいいけど」
「混んでるし、誰かとぶつかって火傷させたり、服汚したりしたらまずいだろ」
「あー、あんたの言うとおりだ」
溢さないように両手でしっかりと容器を持ち、きょろきょろ周辺を探す。御手杵が「主!」と突然大きな声を出すので、なんだと目を向ける。
「あそこ、空いてるぞ」
御手杵が指差したのは二人がけのピンクの可愛らしいベンチだった。なぜかリボンの装飾が施されている。とてもファンシーだ。
「なんだ、ありゃ。なんかあれだけ浮いてね?」
他は普通のよく見かける白いベンチなのに、どういうことだと首を傾げる。予算が足りなかったのか、はたまた余ったのか。それとも政府の人間の趣味か。……政府の刀剣男士の趣味かもしれない。
「何言ってんだよ主。ちゃんと地面に足がついてる。浮いてなんかねえよ」
「いや、そういう意味じゃねーんだけど」
早く行かないと席取られちまう、という御手杵に急かされ、仕方なくそのベンチに腰掛ける。
「これで安心だな!」
御手杵が笑う。
まあいいか、と審神者は思った。ぐうと腹の音が鳴った。
空腹は最高のスパイスとはよくいったもので、その辺に普通に売っているカップラーメンだったが、とてもおいしいものに感じられた。ずるずると音を立てて、麺をすする。
「うまいな!」
「そうだな」
腹が満たされていくのか御手杵は上機嫌だった。その様子を横目で見ながら、審神者はラーメンを口にする。前を見ているとどこかの燭台切光忠と目があった気がした。
「今、どっかの燭台切がこっち見てた。こんなとこでラーメンにがっついてる俺たちのこと、呆れてんのかなあ」
「気のせいだろ。きっと腹減ってんだよ」
「けど、うちの燭台切だったら、きみ格好良くないよ! って言いそうじゃん」
「うーん、そうかも」
ずるずる。ずるずる。ラーメンをすする。麺や具が底をついたから、汁まで飲み干してしまう。化学調味料も久しぶりに口にするとうまいと感じた。
「うまかったからいいじゃん」
「ま、そうだな」
可愛らしすぎるベンチに座り、しばらくぼんやりしながら時間を潰す。今頃、蜂須賀何してんのかなあ。小夜と一緒にご飯の支度でもしてるのかなあ。本丸のことを考える。
「なんか眠くなってきた」
「それはまずい兆候だぞ、主。あんた、まだ日課ほとんど終わってない」
「……結構時間経ったし、そろそろ行くか。さくっと手続き終わらせよ」
「おっし、わかった」
ふたり揃ってベンチから立ち上がる。受付窓口に向かう。
去り際、ゴミ箱に空の容器と割り箸をそれぞれ投げ捨てた。分別はしっかりと。これは本丸でも口うるさく言われていることだ。
ゴミはきちんと入るべき場所に収まった。――ナイスシュート!
「なあ、主。なんか行きよりも早く目的地に着いてないか?」
「気のせい気のせい」