ホラー映画を見る話

「今夜は主もいることだし、みんなで映画でも見ないかい」
 風呂も夕食も終わり、あとは各々自由に時間を過ごして明日を迎えるだけ。そんなときに珍しく声をあげたのは青江だった。
「どんな映画なんですか?」
 秋田が興味深そうに目をきらきらさせて尋ねる。青江は意味深長に笑いながら答えた。
「とある家族の濃厚な数日間を描いた邦画だよ。すごく評判がいいんだって。ひとりで見るより、みんなで見た方が楽しいと思うから、良かったらどうだい」
 その提案を断るものはこの場にはおらず、みんなで鑑賞することになった。
 
 居間の壁に設置された液晶画面をみんなが固唾を飲んで見守っている。ありふれた家族の日常風景が描かれたはずの映像は、一見穏やかなのにどこか暗かった。「不穏な気配を感じる」と呟いたのは誰だっただろう。だんだん雲行きが怪しくなり、とうとうそれは映像に現れた。いるはずのないもの、いてはならないものが幸せそうな家族の中に紛れ込む。
「ホラーじゃん!」
「怖いですよ!」
 ほのぼのファミリー映画じゃなかったのかよ、と口々に突っ込みが入る。青江はにっかりと笑って答えた。
「嘘は言ってないよ」
「……確かに」
 納得した風に頷いたのは薬研だった。「それにしても、あいつは一体なんなんだ」腕を組み、画面をじっと見据えながら呟く。
「おんねんじゃないですか」
「怨念がおんねん……ダメだな」
「幸せを妬んだ生霊では?」
 怖がる仲間の近くで、映像を見ながらの映画の考察が始まった。青江は楽しそうにその会話に入っていく。とても生き生きとした表情だ。
「後ろ、後ろ―!」
「気づけよ! めっちゃ主張してるだろ!」
「あの家族の親戚に不慮の事故で亡くなったものがいたとして……」
「優しそうな旦那だが、あいつには実は愛人がいるんだ。その愛人が……」
 自由に口を動かしている仲間たちの会話をなんともなしに聞きながら、山姥切はぼんやりと映画を眺める。この家族は無事生き延びられるのだろうか、などと考えていると布が引っ張られる感覚があった。
 何かと思って横目で確認すれば、隣に座る審神者が山姥切のまとう布をぎゅっと掴んでいる。息を呑む音。困ったように眉を下げた彼女の顔は液晶画面に向いているが、眼鏡の奥の瞳は何度も別の方向にそらされている。口にしてはいないが、審神者はホラーが苦手らしい。
「上からです!」
「だからなんで気づかないんだよ! 笑ってる場合か!?」
「生前は体操選手だった説はどう?」
「曲芸師の可能性もある」
「愛人がサーカスの団員だった、これだな。やっぱり生霊説を推す」
 場は混沌としていた。
 審神者は山姥切の布を握ったまま、口を小さく動かしている。怖い、怖いとその口は言っていた。
 そんな主の様子に気がついたのは、山姥切だけではなかったらしい。審神者のもう片方の隣に座っていた五虎退が、彼女を見上げ、ごく小さな声で話しかける。
「あるじさま、大丈夫ですか」
「えっ、あっ、はい、大丈夫ですよ」
 明らかに大丈夫ではない様子で審神者は答えた。きっと引きつった笑みを浮かべているに違いない。
 画面にはまた不穏な雰囲気が漂っていた。
「あの、その……怖かったら山姥切さんの背中に隠れるといいですよ。あるじさまの安心安全ですから」
 にこりと優しい微笑みを浮かべて五虎退は言う。その声に被さるように和泉守の叫び声が部屋に響いた。
「そこまでしなくても大丈夫ですが……そうですね、もう無理ってなったら、お願いしてみますね」
「それがいいですよ」
 そう言うと五虎退は再び視線を画面に戻した。意外と五虎退はホラーは平気らしかった。
 バツが悪そうな顔をして、審神者がこちらを見た。彼女が不安を感じているとき、己のまとう布をつかむ癖があることを山姥切は知っていた。
「……あんたの好きにすればいい」

 

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