☆おまけ6(小話)
※本編中~本編後の話
静かな夜に本丸の初期刀の悲痛な声が響いた。その一件のあとから、本丸の要である審神者と初期刀の山姥切国広の間がぎくしゃくしていることには、全刀剣男士が気づいていた。
しかし、誰も何も言おうとはしなかった。山姥切があまりにも必死で、切羽詰まっている様子だったからだ。
はじめのうちは、山姥切も審神者と距離をとり、様子をうかがうだけだった。だが、あの審神者さえも山姥切を避けていることが判明し、静観を決めていた刀剣たちもついに我慢の限界を迎えた。
もう見てられない。何とかしてくれ。――そんな泣きが入るまで、時間はかからなかった。さすがの山姥切国広も意気消沈している。
そこで声をあげたのが、元政府の監査官である山姥切長義だった。
「まったく、偽物君には呆れるばかりだよ。仕方がない。俺が一肌脱いであげよう」
山姥切長義はそう言って、立ち上がった。キャー! カンサカンサーン! と刀剣たちから歓声が上がる。
こうして、山姥切長義による作戦が開始された。その場には珍しく当事者の山姥切国広も参加している。
「作戦は単純だ。主がお前を避けるならば、避けられないように先手を打つべし。まずお前が仕事で現世に出かけている主に連絡して、現世に向かう。終業時間付近が望ましい。退路を断て。そしてその後、小洒落た喫茶店へ主と一緒に行く。そこで主へ思いの丈を告げてもらう。以上」
山姥切長義はすらすらと説明する。
なるほど、シンプルでわかりやすい。刀剣たちは思った。
「これなら単細胞のお前にでも実行できるだろう? 偽物君」
山姥切は眉根を寄せた。しかし、反論することはなく、黙って山姥切長義の言葉を聞いている。どうやら山姥切はまんざらでもないらしい。
「わかった。やってみる……だが、お前は」
「でももヘチマもないんだよ。つべこべ言わずにやれ。そして玉砕するがいい!」
つい本音が漏れてしまったらしい。山姥切はムッとした表情を浮かべたが、反論はしない。
山姥切長義は満足そうに笑みを浮かべた。
「では、作戦を指揮する。まずは小洒落た喫茶店の選定はこの俺と乱藤四郎が行う。次に、当日の服についてだが――」
こうして、山姥切国広の告白大作戦が始まった。
「して、指揮官殿。作戦名はいかがいたしますか?」
いつの間にか現れたらしいこんのすけが尻尾を振りながら言った。山姥切長義は口元に手を寄せ、考える素振りを見せると静かに口を開いた。
「……作戦名は……“たんぽぽ大作戦”だ」
おおー! と再び刀剣たちから歓声が上がった。
かくして、たんぽぽ大作戦は無事に終了した。
山姥切国広と審神者が結ばれたかといえば、そういうわけでもなかったが、元のふたりに戻っただけ重畳である。
と満足げな長義であるが、山姥切国広が燭台切光忠らが見繕った服を着ていかなかったことに腹を立てて、地団駄を踏んだのはここだけの話だ。作戦は完璧に遂行されるべきである。
「主っ! 主、裏山で秋田や小夜といっしょに摘んだんだ。よかったら受け取ってくれ」
庭では本丸の初期刀が審神者に野花の花束を贈っている。たんぽぽ大作戦が終了した現在、本丸では“ガンガンいこうぜ”作戦が決行されていた。
長義はその様子を遠目に眺めていた。
山姥切国広は審神者への恋心を隠すことなく、ストレートに想いを伝えている。審神者は照れたように頬を染め、嬉しそうに微笑んでいる。
彼女の笑顔は久しぶりに見る。落ち込んでいる彼女を見るのは忍びなかった。刀剣たちも審神者の沈んだ顔よりも明るい顔を見ていたいと思っている。
だから、これでよかったのだ。
縁側の足元で健気に咲く黄色い花を見つめていると、ふいに視線を感じた。顔を上げると山姥切国広が長義をまっすぐ見ていた。その瞳には複雑な感情が宿っている。嫉妬、憎悪、憐憫――そのどれもが当てはまるような、それでいてどれとも違うような。長義はそんな眼差しに、ほんの少しだけ愉快な気持ちになった。
――俺はお前とは別のやり方で、彼女を支えていくつもりだよ。
心の中でつぶやくと、長義は山姥切国広から目をそらした。
そのまま縁側を歩いていると、後ろから「おい」とどこか不機嫌そうな声に呼び止められた。長義が振り返ると、そこには声のとおりの顔をした南泉一文字が立っていた。
「やあ、猫殺し君。何の用かな?」
長義がにっこりと笑って尋ねると、南泉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら口を開いた。
「……お前はこれでよかったのかよ」
「なんのことだかわからないな」
肩をすくめて長義が答えると、南泉はますます眉間のシワを深めた。
「ま、オレには関係ねぇし、どうでもいいけど……にゃ」
「なら、それでいいだろう」
沈黙が流れる。
やがて、南泉はため息をつくと、その場から立ち去った。かと思ったら、数歩進んだところで足を止めて振り返った。
「……おい、ひとつ聞いてもいいか」
「くだらない質問なら不可だよ」
南泉は口をへの字に曲げた。それから、小さく息を吐くと長義の目を見て、ぼそりと尋ねた。
「なんで、“たんぽぽ”だったんだ……にゃ。お前の口から、たんぽぽとか……」
長義はため息をつく。まったく、この腐れ縁はもしかして気づいているのだろうか。
「特に意味はない。庭に咲いていたのを思い出しただけだよ」
嘘は言っていない。だが、真実でもない。あれについては自分だけが知っていればいい。
「ともあれ、本丸が通常運営に戻るのは喜ばしいね」
「……少しも嬉しそうな顔してねぇくせに、よく言う……にゃ。大体、あれだってあいつのためにやったわけじゃねえだろ」
長義は答えなかった。ただ、微笑むだけだ。
それを見た南泉は呆れたように鼻で笑うと、今度こそその場を去っていった。
長義は再び、庭へと目を向けた。そこにあるのは、たんぽぽの花。――あの日、彼女がくれた小さな花はもう枯れてしまった。
「……これでよかったんだよ」
そっと息を吐くと、穏やかな風が長義の銀糸のような髪を揺らしていった。