アドベントカレンダー

 いつの間にか師走か、と仕事を終えた審神者が時計を見ると午後9時を回っていた。最近妙に忙しいなと思いながら、凝り固まった体をほぐすように腕を伸ばして肩を回す。もう時間も遅い。明日の準備をして早く寝なければと片付けを始めた。そのとき、部屋の外から足音が近づいてきた。誰だろうと思っていると「主、少し時間をくれるかな」という聞き慣れた声が聞こえてくる。
 どうぞ、と答えると同時に襖が開かれ、山姥切長義が現れた。彼は腕に何かを抱えて持っている。審神者の側に腰を下ろせば、抱えていた荷物を目の前に差し出してきた。
「主へプレゼントだ。本当は朝に渡せたらよかったのだけど。開けてみてくれないかな?」
 ありがとうございますとお礼を言い、早速受け取って中身を取り出すと家の形の箱が入っていた。1から24の数字の書かれた窓がついているようだ。
「これはなんですか?」
 顔を上げて尋ねれば、彼は微笑んで答えてくれた。アドベントカレンダーというドイツの伝統的なもので、クリスマスまでの日数を数えるためのカレンダーだという。毎日一つずつ窓を開け、すべて開け終わるとクリスマスがやってくる、というものらしい。
「そんなものがあるんですね、知りませんでした。素敵ですね」
「ふふ、気に入ってくれたかな? 中になにが入っているのかは秘密だ。……ああ、だが俺以外の刀が選んだ品も入っていることは伝えておこうかな」
 長義は楽しげに目を細め、「さっそく、今日の日付の窓を開けてみてくれないかな? 主」とアドベントカレンダーを差し出してくるのだった。
 審神者がわくわくしながら「1」の数字が記された窓を開けると、そこには可愛らしい紙に包まれたチョコレート菓子があった。下の方に小さく畳まれた便箋も入っていた。広げてみれば、そこには『あるじさまへぷれぜんとです! あまくておいしいものをたべるとしあわせなきもちになれますよ。 今剣』というメッセージが書かれている。文末にはもみの木の絵もあった。審神者は微笑み、断りを入れてから、早速チョコレートを口に含んだ。口いっぱいに広がる甘い香りに自然と笑みが浮かぶ。美味しい。とても幸せな気分になる。
「こんな素敵なプレゼントが毎日もらえるなんて……私もみんなに贈り物をしなくてはいけませんね。長義さんはどんなプレゼントが欲しいですか?」
「あなたから貰えるものは何でも嬉しいけれど、そうだな……あなたと一緒にいられる時間が欲しいかな」
「時間ですか。そうです! よい機会なので24日をまるっとお休みにしましょう。みんなにも予定を聞いて、全員で揃って過ごすのもいいですね。もちろん、強制ではありませんよ。それからケーキを買って、部屋を飾り付けて……」
「それは良いクリスマスになりそうだね。……だが、夜は二人きりで過ごしてくれるだろう?」
 そっと近づいた長義が審神者の耳許で甘く囁く。審神者がびくりと肩を揺らすと、彼は愉快そうに口の端を上げた。そして顔を離し、じっと瞳を見つめる。瑠璃色の美しい瞳がまっすぐに向けられ、吸い込まれそうな感覚に陥る。思わず目をそらせば、彼の手が頬に触れた。
「こら」
 優しく撫ぜられ、長義が困ったように笑う。その表情にどきりとした審神者は息を飲む。彼はそのまま距離を詰めると、審神者の肩口に顔を埋めるようにして抱きしめてきた。
「……駄目だったかな」
「駄目じゃないです……」
 抱きしめ返しながら見上げると長義と目が合った。彼は嬉しそうに目尻を下げて笑い、ゆっくり瞼を落としたので審神者もそれにならう。どちらからともなく顔を寄せ、触れるだけのキスをした。
「続きはまた今度……師走は何かと忙しいけど、お互いがんばろうね」
 額を合わせ、至近距離で彼は微笑む。少々恥ずかしくなりつつも小さく首を縦に振れば、彼は名残惜し気に離れた。そして立ち上がる。
「……では、俺は戻るとするよ。君も早く休むんだよ。くれぐれも無理はしないように」
 そう念押ししてから彼は部屋を出ていった。その後ろ姿を見送り、もらったアドベントカレンダーに視線を落とす。クリスマスが楽しみだなあと思いつつ、明日もがんばろうと審神者は気合を入れるのだった。

☆★☆

 それからは毎朝アドベントカレンダーの窓を開けることが日々の楽しみになった。今日はどんなものが入っているのか、考えるだけで心が弾んだ。
 窓の中には実にいろいろなものが入っていた。飴だったり、クッキーだったり、紅茶のティーバッグだったり。食べ物以外にはマニキュアなどの小さな化粧品、サシェなどの雑貨、文房具、アクセサリーなどもあった。長義はアドベントカレンダーの中身を縁のある刀と短刀とで選んだらしく、その刀剣男士らしい品物なのがなんだかおかしかった。
 プレゼントはどれも綺麗に包装されており、毎回その品を選んでくれたらしい刀剣男士の手紙も一緒に入れられている。審神者はそれを読む度に幸せな気持ちになった。『クリスマスプレゼントを選ぶのは初めてだったが、主が喜んでくれるといい』とか、『あるじさん、これでしっかりメイクしてね!』など、手紙にもそれぞれ性格が出ており読んでいて楽しかった。

 クリスマスまで残すところ数日となった。
 審神者の意向でクリスマス当日を休日としたため、本丸は連日大騒ぎとなっていた。クリスマスイブには盛大な宴が開かれる。それに合わせて料理を作る者と飾り付けをする者で分かれ、着々と準備が進められていた。
 畳から板張りの床に設定が変更された大広間がパーティー会場となった。大量の椅子と机がそれらしく並べられ、部屋の角には大きなツリーが設置された。部屋の飾り付けは乱藤四郎を中心に短刀たちが担当し、高い場所は槍や薙刀、大太刀も手伝っているようだった。
「モミの木の天辺の星は巴形さんに肩車してもらって飾ったんだよ!」
 信濃藤四郎が嬉しそうに報告してくれた。その様子を見て、ひとりでに審神者の頬が緩む。
「綺麗に飾り付けられましたね」
 リースやガーランドなどで彩られた壁を眺めながら感想を口にすると、「当日はもっと派手にしたいよねー」と次郎太刀が言った。彼だけではない。酒飲みたちが皆うきうきとしているように見えた。パーティーではワインやシャンパン、もちろん日本酒とさまざまな酒が用意される予定なので、今から待ち遠しくて仕方ないのだろう。

 大広間を後にし、次は厨へと足を運んだ。こちらも忙しない空気に包まれている。調理器具の準備をしている者やオーブンの前に立つ者、材料を切っている者……みんなが手際よく立ち働いている。
「あの、なにかお手伝いすることはありますか?」
 声をかけると一斉に顔が審神者に向けられた。その迫力に一瞬びくりとするも、気を取り直して微笑む。すると燭台切光忠が歩み寄ってきた。
「今日は下準備だけして終わるつもりだから大丈夫だよ、ありがとう。君はゆっくり休んでね」……と労わられてしまった。審神者は申し訳ない気持ちに苛まれながらも、「何かありましたらすぐに呼んでください」と言ってその場を辞し、自室へ戻った。
 クリスマスパーティーは明日ということで、審神者はいつもより少しだけ早めに寝ることにした。早起きして、明日は朝から準備を手伝うつもりだ。アドベントカレンダーに目をやりつつも布団に潜って目を閉じると、すとん、意識が暗闇に落ちていったのだった。

 翌日は早朝5時に起きた。身支度を整え、他のやるべきことを済ませてから厨へと向かった。
 朝早いにもかかわらず、すでに厨は慌ただしく動いていて賑やかだった。審神者は早速手を洗って、冷蔵庫の中を確認した。料理上手の刀たちはパーティー用の料理の準備で忙しそうだったので、代わりに朝食をこしらえることにする。といっても、パーティーのごちそうまでの繋ぎなので簡単なものだ。作業をしながらでも食べやすいおにぎりと体が温まる味噌汁を作った。おにぎりの具は冷蔵庫にあるものを適当に使い、味噌汁の具はあおさにした。厨の片隅で邪魔にならないように、審神者はせっせと作業を進めた。
 完成したおにぎりを載せた大皿と味噌汁の入った鍋は食堂へ持っていき、『よかったら食べてください。 審神者』とメモを添え、あとは自由にしてもらうことにした。
 落ち着きなく本丸の様子を見て回ってから、自分も朝食をとるために食堂へ戻る。審神者が作ったおにぎりは誰かが食べてくれたらしく、すでにいくつか減っていた。それを確認しつつ、椀に汁を注ぎ、おにぎりを小皿に載せて席につく。一口食べて小さく息をついたところで、食堂にどやどやと刀たちが集まってきた。
 いただきます、という挨拶とともに、それぞれが好き勝手に食事し始めるのも見慣れた光景である。「あるじ、おはよう!」審神者の隣に謙信景光が腰かけた。「きょうはあるじのあさごはんだね」と彼は嬉しそうにしている。
 食事を終え、追加のおにぎりを用意しようと審神者が席を立とうとすると、ふと謙信が声をあげた。
「あるじ、きょうのあどべんとかれんだーのまどはあけた?」
 そう言われて初めて、まだ今日の分のアドベントカレンダーを開けていないことに気づく。「あけていないのなら、あさのうちにあけたほうがいいよ!」と言う謙信の言葉に従い、審神者はいったん自分の部屋に戻ることにした。

 今日は12月24日。これまでいろんな素敵なものが詰まっていたアドベントカレンダー。最後の窓には何が入っているんだろう。どきどきしながら開けるとそこにはベルベット調の小さなケースが入っていて……。
「指輪?」
 蓋を開けるとそこにあったのは、銀色に輝く細身のリングだった。「わぁ……」審神者は感嘆の声をあげる。豪華な宝石がついているわけではないが、とても上品に輝いている。ついうっとりと見惚れていると、ケースが置かれていた場所に手紙が添えられていることに気がついた。それを手に取って開くと、美しい筆跡で『貴女とこの先もともに在りたい。 山姥切長義』と短い文章が書かれていた。
「……っ」
 心臓が大きく脈打つ。まさかと思いつつもそっとその指輪を取り出し、左薬指にはめてみる――まるで最初からそこに収まっていることが決まっていたかのようにぴたりとはまった。薬指できらりと光るそれは心を照らしてくれるようだった。
(私も同じ……)
 胸の前でぎゅっと左手を握り締めながら、審神者は今すぐにでも長義に会いたいと思った。きちんと自分の気持ちを彼に伝えたい。そんな思いに駆られ、たまらず部屋を飛び出した。
 彼はどこにいるのだろう。本丸内を探していると、廊下の先に彼の後ろ姿を見つけたので慌てて追いかけた。「長義さん!」呼び止めるためにあげた声は思いの外大きく響いた。こちらを振り向いた長義は一瞬目を丸くしたあと、優しく微笑んでくれた。そのことに安堵し、彼に駆け寄る。伝えたいことがたくさんあった。だが、いざそれを言葉にしようと思うと言いたかったことはうまく形にならなかった。だから一番伝えなければと思うことをまず伝えることにする。
 審神者は大きく深呼吸して彼をまっすぐに見つめ、意を決して口を開いた。
「私も同じ気持ちです」
 左薬指に収まったリングを右手で包み込みながら言う。
「長義さんのことが大好きです」
 本当はもっといろいろ言いたいことがあったはずなのに、結局口にしたのはたったこれだけのことだった。それでも目の前の相手にはこの想いが届くはずだと信じられたから言えたことだったのだが、言った瞬間に後悔したくなるほど恥ずかしくなって顔を上げることができない。自分たちの周りにだけ静寂が漂ったように感じられて居心地が悪くなった。もういっそのこと逃げてしまいたいなどと考えて俯き続ける。
 沈黙の間、聞こえてくる自分の鼓動だけがやけに大きく感じる中、不意に手の上に温もりを感じたかと思うと強く引っ張られた。思わず前のめりになったところで抱き止められてそのまま引き寄せられる。驚いて身構える暇もなかったが痛さはない。
「ありがとう」
 耳許で聞こえる優しい声に恐る恐る視線を上げれば、思ったよりも近くにあった瑠璃色の瞳に捕まって体の動きを完全に封じ込まれた。吸い込まれるような感覚を覚えて目が離せないでいるとその青がさらに近づいてきたので反射的に目を閉じる。そして……ふたりの唇は重なっていた。触れ合うだけのやさしいキスの後、お互いの吐息を感じる距離のまま、もう一度触れるだけのキスを交わした。
 名残惜しく思いながらも唇同士が離れていく気配を感じ、ゆっくりとまぶたを開く。至近距離にある瑠璃色がまた自分を捉えた途端、愛おしげに細められたものだから、なんだかくすぐったくなった。今度はちゅっという音を立てて啄むようにして再び唇を奪われ、「ふふっ」つい小さく笑いをこぼしてしまう。
「すまない……俺も浮かれているようだ」
 はにかんで言う長義はいつもと違って可愛らしかった。いつも凛々しく自信たっぷりに見える彼のこんな表情は初めて見たかもしれない。それだけ自分に近しい感情を抱いてくれているということだ。それが嬉しくもあり少し面映ゆくもある。
「私もすごく浮かれています。忘れられない日になりそうです」
「忘れさせるつもりもないけどね」
 いたずらっぽく笑う彼を見て、心臓が跳ねた。きっと今日は素敵なクリスマスになるだろう、審神者はそう確信した。