ねこのいる風景 - 3/3

 
 山姥切長義と黒猫

 

 山姥切長義が猫嫌いであることは本丸内では周知の事実である。理由は単純明快。猫を見かける度に眉間に皺を寄せるから。特に審神者のあとを黄金の毛玉が追いかけているときは顕著で、その光景を見るなり、彼はあからさまに不機嫌になる。
 そんな長義が猫じゃらしを片手に、縁側でぼんやりと座っているのを見つけた時、南泉一文字は少しばかり驚いた。長義の足元には小さな黒猫――最近本丸に出入りしている――の姿がある。猫じゃらしがゆらゆらと揺れるたびに、黒猫は瞳を輝かせ、前足をそろりと伸ばしていた。それを眺める長義の表情は相変わらずの不機嫌顔であったが、どこか優しい雰囲気をまとっており、先程まで感じていた近寄りがたさがなくなっていた。
「なにしてんだ……にゃ」
「見てのとおり。そこの黒猫を構っているんだよ」
「ふうん」
 南泉は生返事をしながら、長義の隣に腰掛けた。
「それって猫用おもちゃか? 意外だにゃ」
 猫を構う長義は、なんだかとても新鮮だった。彼はこの小さな生き物を嫌っていたはずだ。だが、今目の前にいる山姥切長義は柳眉を寄せつつも、猫との戯れに興じている。いつもなら、すぐに追い払おうとするだろうに。
「どういう心境の変化だよ」
 不思議に思って尋ねれば、長義は一度猫じゃらしを動かす手を止めた。それから、「別に」と素っ気なく呟く。
「猫は嫌いだけど、こうして見ている分には悪くないと思ってね」
「ふーん」
 南泉は相槌を打ちつつ、黒猫を見やった。金色の瞳が長義の手元に釘付けになっている。
「この子はおとなしい気質のようだし、それになんとなく……彼女に……いや、なんでもない」
「……?」
 長義はそこで言葉を切った。珍しく歯切れの悪い彼に首を傾げつつ、黒猫を見やる。黒猫は手を止めた長義を不思議そうに見ていた。金色の目がぱちぱち瞬きする様はとても愛らしい。
「まあ、いいけどよ。お前が猫を好きになろうと嫌いだろうとオレには関係ない話だしにゃ」
「ああ、そうだね」
 短くそう答えると、長義は再び猫じゃらしを動かし始めた。猫の視線を巧みに誘導しながら、時に素早く動かし、またある時は緩やかに動かす。猫は猫じゃらしの動きに合わせて尻尾をぴょこぴょこと動かしていた。
「猫が嫌いなのに、どうして猫じゃらしとか持ってんだ?」
 猫が苦手ならわざわざ用意することもないだろうに。そう思って、尋ねると、長義は黒猫から視線を外して、静かに答えた。
「……主が、くれた」
「へえ」
「最初は断ったんだけど、どうしてもと言うから仕方なく受け取っただけだ」
「ふうん」
 意味ありげに相槌を打てば、長義は胡乱な目つきでこちらを見てくる。
「なにかな」
「べっつにぃ」
「言いたいことがあるならはっきり言えばどうだ」
 そんなことを言ってくるので、南泉ははっきりきっぱりと言ってやった。
「お前、主のことが好きなんだろ」
 途端、長義の顔がさっと赤くなる。分かりやすい反応だった。彼の手にあった猫じゃらしがぽとりと落ちる。長義はそれを拾おうともせず、呆然とこちらを見つめていた。南泉は内心、ほくそ笑む。
「…………なにを言っているのか、分からないな」
 たっぷり時間をかけて、そう言うので思わず笑いそうになった。普段冷静沈着で取り澄ました彼がこんな風に動揺するのは珍しい。いつも振り回されている意趣返しができて、南泉は少しばかり気分が良くなった。
「隠してるつもりだろうけど、バレバレだにゃ。というか、見てたら分かる」
「……」
「おー、顔真っ赤。ほんとわかりやすい……にゃ!」
「黙れ」
 低い声で威嚇してくるが、いつもの迫力がない。むしろ微笑ましい気持ちになるだけだった。
「じゃあお前、主のこと嫌いなのかよ」
「そんなわけあるはずないだろ」
 即座に否定するので、南泉はとうとう堪えきれずに噴き出した。長義はますます不機嫌そうな顔になった。だが、その頬はいまだに赤いままである。
「素直じゃねえにゃあ」
「うるさい」
 ぶっきらぼうに呟くと、長義は黒猫を抱き上げて立ち上がった。嫌いなはずの猫を腕に抱く姿はなんだか可笑しかった。しかし、当の本人は気付いていないようで、平静を装った表情のまま歩き出す。黒猫が長義の腕の中で大人しくしているのも面白かった。
「猫、嫌いなのに連れてくのかよ」
「……放っておくと、いつまでもここにいるだろう。それに」
 ふと長義は足を止め、振り返らずに言った。
「……猫を構っている俺を見て、主が嬉しそうに笑うから」
 それだけ言うと早足に去っていった。残された南泉は目を瞬かせる。それから、「なんだそれ」と呟いた。