「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」
周囲に桜の花びらを散らし、鶴丸国永は決まった口上を述べる。そうして朗らかに笑いながら、目の前にいる審神者と思わしき青年を見た。
青年は口をぽかんと開け、間抜けな表情で固まっている。これは相当驚かせてしまったか。審神者の隣に佇む刀剣男士と思しき青年を見やれば、彼もまた審神者と同じように固まっている。室内に沈黙が流れた。それがどうにも落ち着かず、鶴丸が口を開こうとすると先に審神者が声をあげた。
「……失礼しました。はじめまして、僕がこの本丸の審神者です。隣の彼は、僕の初期刀の山姥切国広です。どうぞよろしくお願いします」
折り目正しくお辞儀をする審神者の横で、紹介された山姥切が愛想のない態度で挨拶をする。そんな初期刀に対して、審神者は何か言いたそうに脇腹をこづいている。二人はそれなりに仲が良いのだろうか。よろしく頼むと返せば、審神者はかすかに微笑んだ。そして、鶴丸の姿をじっと見つめて、わずかに眉を下げた。
「山姥切くん、彼に本丸内の案内をお願いします」
「…………わかった」
どこか面倒そうな表情を見せつつ、山姥切は渋々頷く。布を深くかぶり直し、目線で「行くぞ」と訴えてくる彼に続き、審神者を残して部屋を出る。
「まいったな、どうしよう」
立ち去る間際、審神者の口から声が漏れる。その台詞がなぜか鶴丸の耳に残った。
※
出鼻をくじかれた気分だ。
自分で言うのもなんだが、鶴丸国永は珍しい刀剣男士だ。彼が宿る日本刀がそうであったように、彼を喉から手が出るほど欲しがる者は多いという。だから、ここの主の微妙な反応は予想外だった。先ほど耳にした審神者の困り声が脳裏をよぎる。
山姥切の本丸案内を聞くともなしに聞きながら、周囲を見渡す。特に目につく面白そうなものは、この辺りにはなさそうだ。草木が青々と茂る庭を横目で見ていると、不意にどこかから視線を感じた。こちらの様子を窺うそれにはっとし、視線のもとを探れば、近くの部屋の障子の隙間からつぶらな目が二組覗いているのが見えた。
「あちゃー、だめだよ。山姥切さんはよくても、あれはだめだよ」
「確かにあれはまずいですね……。どうするんでしょう」
ひそひそと聞こえてくるのはどこか難しそうな声。何か声をかけようと思うが、鶴丸がそうする前に障子は閉じられてしまった。一体、何事だろうか。もやもやした気持ちを抱えながら、いつの間にか距離のあいていた山姥切の後を追う。
「待たせたか」
「いや、別に」
そう素っ気なく返し、山姥切はまた淡々と本丸内の説明を始める。
「ここは洗濯場だ。洗濯も当番制だ。今日は堀川国広と小夜左文字だな」
庭ではちょうど二人の少年が真っ白な布を広げるところだった。すでに物干し竿にはいくつかの衣服が吊り下げられている。そよ風にあおられ、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺れている。今日は良い日和なので、洗濯物もよく乾くだろう。
二人の様子を眺めていると、ふと背の低い方の少年と目があった。ツリ目がちの瞳を大きく見開かせ、隣の少年の服をぐいと掴み、鶴丸を指差す。
新入りに興味がわいたのだろうか。どんな自己紹介をして驚かせてやろうか。鶴丸がそんなことを考えていると、二人の少年が足早にこちらに寄ってきた。
「お疲れ様! そのひと、新しくきたひと? これはちょっとまずいんじゃないかな」
「今更どうしようもないだろ、もう決まっていることだ」
ひどく慌てた様子の少年の台詞を山姥切はばっさり切り捨てる。彼らが何に対して慌てているのか鶴丸にはまったくわからない。やってきた少年たちは口をつぐんだが、やはり何か言いたそうに見えた。
二人の視線がまっすぐに突き刺さる。またしても静寂がその場を流れたが、少しの間を置き、背の高い方の少年が思案顔で呟く。
「……今ならまだ間に合うかも」
こくりと頷き、彼は続けた。
「僕、主さんのところに行ってくるよ。きっと何か考えてるだろうし……っと忘れてた、僕は堀川国広です。じゃあ小夜くん、あと頼める?」
「うん、あとは片付けだけだから一人でも大丈夫。行ってきて」
小夜の返事を聞くやいなや、堀川は走ってどこかへ行ってしまった。その背中を見送り、残った少年を見る。
「どうした?」
相変わらずじっと見つめてくる彼に首を傾げてみせると、少年は上目遣いのまま口を開いた。
「……僕の名前は小夜左文字。一応、自己紹介しておきます」
「俺の名前は鶴丸国永だ。まあ、よろしく頼む」
「よろしく」
手短に挨拶を済ませると小夜は自分の仕事場に戻っていった。
堀川と小夜の二人と別れ、さらに屋敷の奥に進んでいく。先ほどまで辺りは静かなものだったが、道中ちらほらと屋敷の者を見かけるようになってきた。山姥切の説明によると、ここは刀剣男士たちの生活区域で、刀種ごとにまとまった部屋で生活しているのだという。ちなみに近侍だけは審神者の隣の部屋を使用するらしい。
「あんたは太刀だから、獅子王と同室だな。今は遠征に出ていていないが、昼餉には帰ってくるはずだ」
「そうか。ところで山姥切、みんなは俺に何が言いたいんだ?」
先に会った堀川や小夜、障子の隙間から伺っていた者たち、そして先々ですれ違う刀剣男士たち。彼らは鶴丸を見ると一様に不思議な反応を示す。挨拶もそこそこに「彼、はじめてなのに大丈夫かい?」「おい、こいつ白いぞ」「……大惨事になるんじゃないですか」と何かを危ぶんでいるような態度をとる。それなのに、肝心な何かの部分を鶴丸に教えてくれる者はいない。
「君はわかるか?」
「……あんたが白いから気になるのだろう。……次は手入れ部屋だ」
鶴丸の質問に答えにならない答えを返し、山姥切は事務的に説明を続けた。
「そろそろ時間だ」
一通り説明が終わり、最後の部屋に連れていかれる。広い座敷だ。数組の長机に、たくさんのざぶとん。部屋にはすでに何人かの刀剣男士が集まっている。仲間同士で談笑する者、忙しそうに立ち働いている者さまざまだ。その中には本丸案内の際に言葉をかわした者もいた。
山姥切が鶴丸を連れて部屋に入ると、一斉にその場にいる者たちの目が向いた。山姥切は頭からかぶる布を自分の元に引き寄せると、面倒そうに言った。
「この場所で朝、昼、晩と食事をする。大体揃っている者で済ませるが、今日の昼餉は確か皆集まるはずだ」
食事は主とその日の食事当番で用意をする。席は特に決まっていないから、好きなところに座ればいい。そう言い残し、山姥切は足早に部屋を出て行ってしまった。一人残された鶴丸は仕方なく、近くのざぶとんに腰をおろした。周囲の窺うような視線が少しだけ鬱陶しかった。
「おっ、あんたが噂の新入りか!」
鶴丸の隣に誰かが腰をおろした。黄金色の髪の青年だ。顔を見れば、人好きのする笑みを浮かべている。青年は獅子王だ、と名乗った。同じ太刀同士仲良くしような、とも言った。話を聞くところ、太刀はこれまで獅子王一振りだけだったのだという。
それから少しの間、二人は雑談に興じた。審神者のこと、仲間のこと、本丸のこと、獅子王は色んなことをにこにこと楽しそうに話した。
どこからともなく、香ばしい香りが漂ってきた。嗅いだことのないにおいに鼻をひくつかせていると、それに気付いた獅子王が「主の料理はなかなかうまいんだぜ!」と破顔する。が、すぐに何かを思い出したようにはっとなり、神妙な面持ちになる。
「そういえば鶴丸、はじめてなのに大丈夫かよ? 白いぞ」
「それ、口々に言われるんだが一体何のことなんだ」
聞き飽きた台詞に質問で返すと、獅子王はあっさりと答えた。
「今日の昼餉、かれー南蛮なんだ」
おいしいぞ、と彼は付け加える。
鶴丸は首をひねった。……かれぇ南蛮ってなんだ?
かれぇ南蛮の正体はじきに判明した。座敷に来た審神者が鶴丸に説明したのだ。
「今日の昼餉はカレー南蛮なのですが、あなたはどうされますか。今日顕現したばかりなので、食べるには少しつらいかもしれません。普通のおうどんも用意できますので、そちらにしましょうか。それとも握り飯にしましょうか」
「かれぇ南蛮とはなんだい?」
「簡単にいえば、だし汁にカレー粉……えっと香辛料って言えばいいのでしょうか、それを加えたものをつゆにしたうどんですね。今回は昨日の夕餉がカレーライスだったので、残りをだし汁でのばしたものをつゆにしていますが」
説明するとなると難しいですね、と審神者は眉を下げた。
「ちょっとぴりっとする、ちょっとどろっとした茶色いつゆに小麦でできた麺が入ったもんだよ」
隣で獅子王が補足するが、鶴丸が脳裏で思い浮かべたものは食べ物と呼ぶにふさわしくない妙な代物だった。
「まあ、見てみるのが一番早いんじゃねぇか」
「君の言うとおりだな。おもしろそうだし、俺もかれぇ南蛮とやらにしよう」
仲間外れというのはおもしろくないし。ぽつりと呟けば、審神者はやわらかく微笑した。
「そうですね。じゃあ、すぐ持ってきますね」
集まっている刀剣男士たちにも食事の準備ができたことを告げ、審神者は場を離れた。
それから数分後、丼をいくつか盆に載せた少年が鶴丸の前に丼を置いた。丼からは白い湯気がもわもわと立ちのぼっている。中を見れば、なるほど獅子王の言うとおり、茶色いどろっとしたものが注がれていた。「うまそうだな!」隣で獅子王が嬉しそうな声をあげた。
「主君のお料理はおいしいんですよ」
丼を持ってきた少年が誇らしげに口を開く。見た目から味は判断できないが、きっと彼らの言うとおりにおいしいのだろう。鶴丸はそうか、と頷いた。
無事、本丸の皆に料理が行き渡ったらしく、皆がそれぞれ自由な場所に着席した。鶴丸に本丸案内した後消えてしまった山姥切もいつの間にか姿を見せており、ちゃっかり審神者の隣に座っている。
皆が席についたのを確認し、審神者が傍にやってきて鶴丸の紹介をした。
「すでに挨拶した方もいるかもしませんが、こちらは今日、鍛刀でうちに来てくれた鶴丸国永さんです」
それに続いて、鶴丸も簡単に自己紹介する。そうして、楽しい食事の時間が始まった。
「ところで鶴丸国永さん、本当にその格好で食事するつもりですか。良かったら僕のエプロンお貸ししますけど」
審神者が気遣わしげに申し出る。その声に獅子王や周りの仲間たちも「それがいい」と頷いている。
「何か障りでもあるのかい」
「障りというか……汚れちゃいませんか? 真っ白ですし」
そう言って、じっと見つめてくる審神者の目は鶴丸が纏う白い装束に向いている。鶴丸は今までの出来事を思い出した。顕現したばかりの時の審神者たちの表情、障子の隙間から覗く瞳の持ち主たちの言葉、洗濯当番との会話、行く先々で出会った仲間たちから掛けられた声。その理由がわかって、鶴丸は思わず笑ってしまった。
「なんだ、そんなことだったのか」
笑い続ける鶴丸に審神者も他の刀剣男士たちも呆気にとられた表情だ。
「笑うところありましたかね?」
「鶴丸の笑いのつぼがわかんねぇ」
「すまんすまん、気にしないでくれ。主、気遣い感謝する。俺はこのままで大丈夫だ」
「ほんとに大丈夫かよ……」
疑わしげな獅子王を他所に、鶴丸は用意された箸を持ち、丼の中の麺を持ち上げた。さて、審神者の作る料理の味はどれほどのものだろうか――。
結論を言うと、審神者の料理は他の刀剣男士が言ったとおり、なかなかの味だった。顕現したばかりで食欲も何もなかったはずなのに、香辛料の香りの効果もあったのか自然と食欲がわき、箸が進んだ。かれぇ南蛮の舌が少しぴりっとする辛さは嫌いではない。気がついたら丼の中身は空になっていた。
「いい食べっぷりだな!」
うまかっただろ、と言う獅子王に素直においしかったと答えれば、彼は嬉しそうに笑った。
「けど、やっちまったな。鶴丸、服にかれーが跳ねてるぜ」
言われて自身の装束を見ると、確かに茶色い点がいくつか散っている。
「本当だ、まあなんとかなるだろう」
あっけらかんと言えば、「なんとかするのは僕たちなんですけど」と聞き覚えのある声がする。記憶が正しければ、昼餉前に会った洗濯係のものだ。
「染み抜き、大変なんですからね」
むっつりとした顔の堀川国広の隣で、小夜左文字が呆れた目で鶴丸を見ていた。