仲間たちがまっすぐ線を引くように廊下に座している。なんらかの待機列のようだ。一番後ろにいる三日月宗近が、面妖な札を掲げている。
「なんなんだ、この列は」
「ああ、大包平か。これはなでなで待機列だ」
驚く大包平に三日月がおっとりとした口調で答える。「ここに書いてあるだろう」と札を指差す。そこには確かに<撫で撫で待機列・最後尾>と素晴らしい達筆で書かれていた。その字は審神者の初期刀の歌仙兼定の筆跡によく似ている。
「なで……? は?」
「まあ、とりあえず座るといい」
三日月に促され、いまいち理解できないまま大包平は隣で胡座を組んで座った。
「よし、これを持て」
「なぜだ」
「お主が最後尾だからだ」
当たり前だと言わんばかりに、無理やり札を手渡された。釈然としない思いを抱きつつ、美しい字を眺めていると、三日月がぽつりぽつりと語り始める。
「この本丸にもずいぶん名剣名刀がそろった。もう80は超えているか」
「そうだな」
大包平が審神者のもとに顕現したのは、今から4年ほど前だ。あのときはまだ、現在の半数ほどしか刀はいなかった。
「で、それがどうしたんだ」
「わからんのか。刀の数が増えた分、主が我らと接する時間が短くなっている。一言の会話すらない日もざらだ。で、寂しがったのが短刀だ」
「ほう」
短刀は至近距離での戦闘を得意とする武器である一方、子どもや女を守る守り刀として人間の側にいたものも多い。この状況で人恋しく思うのはもっともだった。
大包平は自身も最近、主と言葉を交わしていないことに気づいた。最後にきちんと顔を合わせて話をしたのはいつだっただろうか。
「……とまあ、そういうわけで短刀の訴えが主に届き、<なでなでタイム>ができたのだ」
「それでお前ものこのこと並んでいるわけか。軟弱な……!」
「主はなで上手だぞ。俺は世話されるのは好きだ。スキンシップはいいものだ」
三日月は鷹揚に笑った。大包平は複雑な気持ちで口をむっつりとへの字に曲げた。
お前に天下五剣として誇りはないのか。さまざまな文句や疑問が大包平の胸中をよぎったが、結局声には出さなかった。列に並ぶ仲間の気持ちが小指の先くらいには、理解できてしまったからだった。
大包平はしばらく惰性でそのまま残った。列は大分前に進んでいた。
窓越しに本丸の庭で涼やかに咲く花菖蒲が風に揺られるのを眺めていると、少年特有の高い声が廊下に響いた。
「おっ、なでなでやってる!」
「並ぼっ」
喜々とした様子で、包丁藤四郎と信濃藤四郎が大包平の後ろに腰をおろした。
「俺、今日は全力コース! たくさんなでてもらうんだ! ……これで主が人妻だったらもっと最高なのに」
「性別はどうしようもないよ。俺はやっぱり甘々コース! 久しぶりに大将の懐にいれてもらうんだ~。あっ、大包平さん。最後尾札もらうよ」
目の前に差し出された自分より小さな手に札を渡す。ふたりがまた楽しそうに話し始めるのを耳にしながら、大包平は三日月に問う。
「全力、甘々とは一体なんだ?」
「自分がどんな風にもふられたいか、だな。今日の俺はまったりな気分だ」
「もふ……? なるほど、わからん……」
大包平は腕組みして思案する。どうせやるのなら全力がいいのではないか。なにごとも全力に取り組むのが大包平だ。三日月はなにがおもしろいのか着物のそでを口もとにあて、上品な笑い声をあげている。
少し時間がたった後、三日月の前にいた男士が部屋からでてきた。「補給完了」とつぶやく彼は晴れやかな表情だ。
「俺の番だな」
ゆっくりと立ち上がり、三日月が執務室の中に消える。
「来たぞ」
「おまえも並んでたのかよ!」
障子が閉じられる直前にそんな会話が聞こえた。審神者の声は呆れていた。
三日月はそう時間を置かずに部屋から現れた。
「よきかなよきかな」
いかにも満足といった様子で大包平の脇を通り過ぎていく。
包丁から「順番だぞ」と指で肩をつつかれて、立ち上がる。一瞬だけ見た背後にはいつの間にか長蛇の列ができていて、大包平はなぜか頭を抱えたくなった。
片手をぎゅっと握りしめ、気合いを入れて審神者のもとに続く障子を開ける。
「入るぞ!」
「おう!」
元気な声に迎えられる。
「大包平も並んでたのか? みんな暇だなあ」
卓袱台の上に腕を置く審神者は愉快そうに笑っている。彼の脇には表紙が傷んだ兵法書がおざなりに置かれていた。この妙な時間が始まる前に読んでいたものだろう、と大包平は推測した。
「……悪いのか!」
「別に悪くないよ。そういや、向かい合って話すの久しぶりだな。なんか困ってることはないか? あったら教えてくれよ」
「特段ないな。強いていうなら、もう少し戦場に出たい、くらいか」
「あー、そうだよなあ。また調整するわ。他にはない?」
首をかしげる審神者に大包平は頭を振った。
「今は思いつかん!」
「そうか、思いついたら教えてくれ。じゃあ次。全力、まったり、甘々、おまえはどのコースを希望するんだ?」
手をわきわきさせながら、審神者が尋ねる。大包平は勢いよく答えた。
「無論、全力コースだ!」
「よしきた! 猛り狂う獣も腹を見せる俺の実力を受けてみろ!」
すごいのかそうでないのか、はっきりしないセリフを口にしながら審神者が側に寄ってくる。
そうして、大包平は三日月に<なで上手>と称された主の手腕をたっぷり味わうことになるのだった。
2021/05/29
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