午後は遠征に行ってほしいと頼まれていた。遠征先はひとりで行っても問題はない場所だ。にっかり青江はすっかり慣れた支度を整えて、玄関に向かった。
「あっ、青江くんだ!」
玄関先には主である審神者と加州清光、前田藤四郎がいた。これから主も外出するらしく、にこにこと楽しげに加州と手を繋いで立っている。
「やあ主。きみもこれからお出かけかな」
「うん! 明日は遠足だから、清光くんと万屋さんにお菓子買いに行くの!」
「へえ、それは楽しみだね。前田は万屋、一緒に行かないのかい?」
靴を履きかえていない彼に問いかける。前田は「僕はお見送りです」と穏やかに微笑んだ。
「そうか……あっ、そうだ主。バナナはおやつに入るのかい?」
どこかで聞いた覚えのある文句を口にしてみる。主はまだ幼いので意味深セリフは自重した。加州がよしよし、という顔になるのを見て、青江はにっかりと笑ってみせる。途端に嫌な顔をされてしまった。
「えっとね、バナナはおやつに入らないって言ってた!」
そうして軽く会話を楽しんだところで、「じゃあ主、そろそろ行こっか」と加州が主の手を軽く引いた。
「うん! 前田くん、いってきます! 青江くんも遠征気をつけてね!」
「ああ、わかっているさ」
「みなさん、お気をつけていってらっしゃいませ」
前田に見送られ、主たちとともに青江は本丸をあとにした。
*
「……ん?」
遠征から戻った青江は入り口の門に、出かける前にはなかったものを発見した。白いてるてる坊主だ。自分より先に帰った主が作ったものだろうか。遠足を楽しみにしていた彼女の顔が脳裏を過ぎる。
白いてるてる坊主はむすっとした顔をしていた。本丸にいる、とある刀剣男士の顔になんとなく似ているような気がして、青江はくすりと笑みをこぼした。
だが、その微笑ましい思いもすぐに消えうせた。本丸のてるてる坊主は1つだけではなかった。2つ、3つどころの騒ぎではない。行く先々、つるせられる場所には必ず、白いてるてる坊主が揺れているのだった。本丸の玄関前にもずらりと並んでいた。常軌を逸している。ちょっと怖い。
手に入れた資源を倉庫に持っていこうと本丸内を歩く。軒下にもずらーっとそれはつるされている。なぜか仏頂面のものが多いが、眼鏡をかけているものや笑顔のもの、大口を開けているものなど他の表情が描かれたものもちらほらある。
なんらかの執念を感じる。軒下のてるてる坊主たちを眺めて歩いていると、通りがかった祈祷部屋から石切丸が祝詞をあげる声が漏れ聞こえた。「はれたまえ~」いつもと違う。
倉庫につながる縁側へやってきた青江は思わず足を止めた。視線の先には真っ白な布をまとう仲間たちがそろって鎮座していた。前田藤四郎に岩融、鶴丸国永、亀甲貞宗……体操座りで縮こまっているのは山姥切国広だろうか。皆は何をするわけでもなく、ぼんやりと庭を眺めている。
「あっ、おかえりなさい。お疲れさまです」
一番手前にいた前田が青江に気づき、にこりと出迎えの挨拶を口にする。
「ただいま……ところできみたち、いったい何をしているんだい」
「我らは今、主のてるてる坊主になるという重大な任務中なのだ!」
岩融が豪快に笑って答えた。
「明日の天気予報が降水確率90%の大雨らしくてな、主がべそをかいてしまってなあ。とりあえず前田の提案でてるてる坊主を本丸総出で作ってみたんだが……」
フードを被った鶴丸が岩融の言葉を引き継ぎ、説明を始める。「なるほどねえ」青江はつぶやいた。執拗に並んだてるてる坊主は、本丸の刀剣男士から主への愛だったということだ。青江を含め仲間たちはみんな、いつも元気いっぱいな主のしょんぼり顔に弱い。
「ちょっとやりすぎ感は否めないよね」
「いーや、青江くん! こういうのはやりすぎくらいがちょうど良いんだよ!」
「……どうせ俺は元からあいつらみたいなやつだしな……」
なぜか興奮している亀甲のとなりで、山姥切が軒を見上げてじめじめとぼやく。山姥切は普段よりいっそう深く布を被っていた。
「……これは僕もてるてる坊主になったほうがいいのかな」
青江が肩にかけている羽織りは白い。そろった顔ぶれを見て思ったことを何気なく口にしてみただけだったが、その声は前田にしっかりと拾われていた。
「はい! 青江さんもぜひ!」
きらきらした笑顔で言われたら断れるはずなかった。みんなあの笑顔に負けたのかな、と思いながら青江はとりあえず資源を片付けるために倉庫へ向かった。その後はもちろん、他のてるてる坊主たちに合流し、ぼけっと成りきることにした。あした天気になあれ、なんて思いながら。
その翌日……。
刀剣男士の祈りと謎のパワーのおかげか、見事に大雨の天気予報はくつがえり、絶好のお出かけ日和。
昨日の今日でなんとなく主が気になった青江は自分も見送りに玄関に出ることにした。主は「晴れだよー!」とご機嫌だ。彼女は朝食の席からこんな感じである。
「よかったね、主。準備はちゃんとできたかい?」
青江の問いかけに、主は背負ったお気に入りのリュックをポンと叩いて笑う。
「きのうねえ、長谷部くんとチェックしたよ。みっちゃんのスペシャルなお弁当も入れたし、清光くんと買ったお菓子も入れたし、水筒も入れた。前田くんもちゃんといる!」
「そうかい、それなら安心かな」
前田藤四郎は主の初鍛刀で懐刀。彼女が本丸の外の学校に出かけるときは顕現をとき、守り刀として主に付き添っている。今日もしっかりお供をするようだ。
「ちょっと待って、主。ハンカチとティッシュは持った?」
「あ! ティッシュ持ってない!」
主はズボンのポケットをぽんぽん叩いている。「そんなことだろうと思ったよ」と加州は呆れながらも思いやりのある目をして、ポケットティッシュを差し出した。
「さすが清光くん! ありがとう!」
「主のことなら、なんでもわかっちゃうからね俺」
「すごいね~!」
「すごいね~」
主にならって青江も驚いてみる。次の瞬間には、「お前がやってもかわいくない」と加州は嫌そうな顔をした。
「ふふ。主、これで準備は万端かな?」
「うん!」
にこにこ笑顔で片手をあげながら、主は本丸の扉を開けた。
「みんなにまたありがとうって伝えてね! いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
青江と加州はそろって、小さな背中を見送った。
2021/06/10
目次に戻る