ねこのひるね - 2/4

ねこのおやつ

 

「よかったら、これをどうぞ」
 やわらかな笑みを浮かべた審神者から紙袋を手渡された。ほんの少し前の話だ。
 妙に重いのが気になる。彼女は現世で菓子の土産をよく買ってくるので、また配給だろうかと思って中を検める。
「なんだ、これ……?」
 紙袋の中には、CMで目にしたことのある猫用のおやつがぎっしり詰まっていた。

 

「やっぱりこれ、猫用のおやつだよにゃあ……?」
 首を傾げながら自室に戻った南泉は、畳の上で胡座をかき、ビニール包装に印字された細かな文字の説明に目を通した。かつお、ほたて、まぐろと味の違いがあるだけで、何度見てもそこには猫用のおやつだと書かれている。見間違いはない。
 なぜ主はこんなものを自分に与えたのか。あまり意味のない行動をとる人ではないはずだが、これに関してはまったく見当がつかない。
 ――おいしいのか?
 訝しげに見やりながら、個包装の一つの封を切る。棒状の袋から中身がにゅっと出てきたので、こぼさないように口に含む。……食べられないことはないが、特別おいしくはない。
 南泉は再度首をひねった。主の考えがまったく読めない。
 悪いと思いつつも、中身の残った包みを部屋の片隅のゴミ箱に投げ捨てる。
 どうにも気持ちがすっきりしない。南泉は直接本人に尋ねるべく、紙袋を持ってさっそく自室を出た。

「やあ、猫殺しくんじゃないか」
 すましたような声だ。審神者を探していた南泉の目の前に、昔馴染みの刀が現れた。今はあまり会いたくなかったと、面倒くさいという思いを隠さずに馴染み――山姥切長義を見れば、男は「そんな目で見なくとも」となぜか愉快そうに口角をあげた。何か笑うところがあったかと内心疑問に思いながら、抱える紙袋の中身に視線を落とし、笑うところがあったなと思う。
「お前は楽しそうでいいな」
「羨ましいだろう」
「そうでもない、にゃ」
 嫌みはまったく通じなかった。これはさっさと別れるに限る。
 南泉が踵を返そうとすると「待て。なにか探しものをしていたんじゃなかったのか」と引き止められた。
「お前にゃ関係ねーよ」
「まあそう言わずに。今とても暇なんだ」
 腹が立つほどのさわやかな笑みでもって山姥切は答えた。南泉は大げさにため息をこぼす。
「なんか最近、ほんとお前楽しそうだ、にゃ……」
 ちょっと前までは、いつもピリピリしていたくせに。
「楽しく思うのはいいことだ。……おや、そういえば何を抱えているのかな?」
 南泉が隠す間もなく、紙袋に視線が投げかけられる。のぞき込まずとも開いた口から、例の商品のロゴマークが見えただろう。数秒の無言の後、山姥切は神妙な面持ちで声をあげた。
「……とうとう猫になったのか」
「なってないにゃ!」
 すかさず怒鳴って否定の言葉を吐く。
「それならなぜ猫用おやつなんて持っているんだ」
「なんか知んねーけど、主がくれたんだ、にゃ」
 言わないでおこうと思っていたが、つい口がすべってしまう。
「なるほど。それを与えるということは、彼女は猫だと思っているということかな」
「にゃ!?」
 主がそんな勘違いをするか? だが、仮にそうだとしたら文句を言ってやらなきゃならない。この語尾や諸々は猫の呪いのせいであって、自身が猫であるわけではない。心の中でひとり問答を繰り広げながら、南泉は審神者を探す足を早めた。
「……つーか、なんでお前ついてくんだよ」
「猫ではなく鳥なのかな。さっき暇だと言ったこと、もう忘れたのか。俺も一緒に探してあげるよ」
 実に楽しそうな笑顔だ。
「もう、お前なんなんだよ……」
 一緒に探してなんになるんだよ、と南泉は再び深いため息をこぼした。

 どうでもいい質問に適当に返すというやり取りを何往復かした頃合いで、ようやく探し人の姿を発見した。
「やあ」
「あれ、南泉くんに山姥切長義さん。おふたりでいるなんて、やっぱり仲良しなんですね」
 山姥切の呼びかけに審神者が振り返った。硝子越しに見える彼女の瞳は、いつものごとく親しげに細められている。
「別に仲良しってわけじゃ……って、それはどうでもよくて。主はオレのこと一体なんだと思ってる、にゃ!」
「?」
 藪から棒に訴えたせいか、審神者はきょとんと不思議そうな顔をしている。山姥切に肘で脇を突付かれ、南泉は紙袋を審神者の目の前に出した。
「これのことなんだけどよ」
「ああ、猫ちゃん用の。人気商品なんだそうです。気に入ってもらえたでしょうか?」
 にこにこと笑みを浮かべて小首を傾げる審神者に、眉を潜めながら答える。
「正直、あんまりおいしくなかった、にゃ」
「えっ!? 南泉くんが食べたんですか!?」
 審神者から普段は聞かない大きさの声があがった。
 え?
 思わず、今まで邪険にしていた隣の山姥切を見た。
「……なにか行き違いがあるようだね。最初から順を追って話してみたらどうかな」
 冷静な声が南泉の耳を打った。

「あの猫ちゃん用のおやつは、南泉くんが飼っている猫ちゃんに買ったものなんです」
 山姥切に促された審神者が口を切った。
 なんでも先日部隊長として出陣した南泉が索敵時に「偵察に猫を飛ばせ」と放ったのを聞き、猫がいるのだと思ったのだという。
「猫なんて飼ってねーよ!」
「え?『行くにゃ―!』『やるにゃー!』『調べるにゃー!』って感じで戦場を猫が走っているのでは? えっ、いないんですか?」
 一生懸命な猫ちゃんたちの図を想像していたのですが、と審神者は尻すぼみになりながら言った。
 戦場の状況がすべて審神者の目に映っているわけではない。彼女が勘違いするのも仕方がないことかもしれなかった……いや、ちょっと無理がある気がする。
 いつもしっかりしている主にしては珍しいにゃ、と南泉が呆れる横で、口元に手をあてた山姥切が堪えきれない笑い声をもらしている。
「おい、そんなに笑ってやるなよ……」
「す、すまない。あまりに可愛らしいことを言うものだから」
 審神者の頬は羞恥のせいか薄っすらと染まっている。
「え、えーっと、では『偵察に猫を飛ばせ』ってどういう意味なんですか?」
 まっすぐな目で尋ねられ、南泉は口をつぐんだ。隣では山姥切が苦しそうに腹を抱えて笑っている。マジでなんなんだお前。そんな馴染みの様子を横目で見て、何度目かわからないため息をこぼして答える。
「主は知らなくていい、にゃ!」

 

 どうしようもなくなった猫用のおやつは五虎退の虎にすべて譲った。
「南泉さんからもらったおやつ、虎くん、すごく気に入ったみたいです。ありがとうございます!」
 後日、五虎退が嬉しそうに南泉に報告をしにやってきた。

 

2021/10/21
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極後を見ると、やっぱり猫いるのか?って思う。