ねこのひるね - 3/4

ねこのひるね

 

 雲ひとつない澄みきった青空が広がる、ぽかぽか陽気の良い日和。
 出陣を終えて、ほかに予定は何もない南泉は、のんびり昼寝でもしようと自室の畳の上に寝転んだ。慣れ親しんだい草のにおいが鼻をくすぐる。
 少しうとうとしていると、近くで何かの気配を感じた。殺気は感じられず、たいしたものでもない。眠たいということもあり、南泉は目は閉じたまま無視することに決めた。
 夢の国に旅立とうとしていたちょうどその時、南泉の顔に何かが乗った。「ふがっ!?」思わず声をあげる。何かが顔の上をぺたぺたと這っている……。
「くそ、昼寝の邪魔しやがって」
 なんなんだよと目を開ければ、同室の浦島虎徹がいつも一緒に連れている亀と目が合った。まるで「おはよう」とでも言うように、亀はくわぁと口を大きく開けた。
「…………。」
 怒るに怒れず、亀と見つめ合うこと数秒。部屋の外から「亀吉ー! 亀吉―、どこ行ったー?」と浦島が叫ぶ声が聞こえてくる。南泉は顔の上のそれをつまみあげるとのそりと立ち上がり、障子を開けた。
「探しもんならここだ……にゃ」
「亀吉~! 南泉、ありがと!」
 渡してやると、浦島は亀を両手で抱え、「もう、いつの間に帰ってたんだよ~!」と文句をこぼしながら、にぎやかに廊下を歩いていった。
 南泉は欠伸をもらした。なんだか自室で眠る気がうせてしまった。良い昼寝スポットを探して、本丸内をうろうろしてみるが、そういう過ごしやすい場所には大抵誰かがいた。以前、後藤藤四郎から教えてもらった隠れスポット――ちょうどよい日当たりの部屋――にも、すでに五虎退の虎という先客がいた。
 舌打ちして、縁側をあてもなくぶらぶら歩く。庭では短刀たちと鶴丸が「だるまさんが転んだ」に勤しんでいた。この本丸では、短刀たちの遊びの場にうっかり踏み込むと強制参加させられることがある。今日はあまり気分ではないので、南泉は巻き込まれないように引き返すことにした。短刀たちのそれは、遊びというよりは鍛練なので疲れるのだ。
 近くの壁にかかった時計に目がとまる。「こんな時間か」針の位置を見て、南泉はつぶやいた。「今ならいいか……にゃ」一番の昼寝スポットについて考えていると、前方から獅子王がやってきた。庭を気にして、そろそろと歩いている男に、南泉は声をかけた。
「なあ、今日の主の近侍って誰だっけ?」
「ん? えーっと、前田だったかな」
 思い出すように獅子王は答える。
「そうか、ありがとにゃ」
「それがどうかしたのかよ」
「べつに、なんでもない……にゃ!」
 そのまま審神者の執務室を目指す。近侍が前田なら、まあ大丈夫だろうなどと思いながら。

 執務室の襖は半分開いていた。誰でも入りやすいように、最近になって常に開けられるようになった。なぜ急にそうなったのか、誰のためにそうなったのかは知らないし、南泉にとってはどうでもいい話だ。
「主ー? 入るぜ。もう業務は終わってるか?」
 開いている隙間から顔をのぞかせて尋ねる。
「ちょうど終わったところですよ。南泉くん、なにかありましたか?」
 机の上の端末を片付けていたらしい審神者が眼鏡の位置を直しながら、南泉に視線を向ける。「……いつもの」と小さく答えれば、納得したふうに瞳をやわらかく細めた。
「いつもの、ですね。どうぞどうぞ」
 勧められて奥に入る。部屋の中央のちゃぶ台の前で正座していた前田がすぐさま立ち上がった。
「では、僕は厨へ行ってまいります。南泉さんの分もお持ちしますね」
「あー、別に気ぃつかわなくていいぜ。オレは昼寝しにきただけ……にゃ」
 少しきまりが悪く思いながらも返せば、前田は人好きのする笑みを浮かべた。近侍が誰かによっては叱られるところだが、南泉は前田から説教を受けたことはない。「ふふ、ここは落ち着きますからね」そう言って、忠臣は部屋を出ていった。けじめはつけているし、主も同意しているということで、彼としては問題ないのだろう。
「じゃあ、開けるぜ」
「はい」
 南泉は遠慮なく庭側の障子を開けた。欠伸をしながら、ごろりとそこに横になる。温かな光が差し込むその場所は、心地よくて不思議と落ち着く南泉が一番好きな寝床だ。主である審神者と一緒にいれば、猫の呪いもマシになるのではという思惑も少しある。
「南泉くんはいつもタイミングがばっちりですね」
「主が時間に正確なんだ……にゃ」
 審神者はとかく真面目な人間だ。大抵は終業よりも早く業務を終わらせ、残った時間は勉強や、何らかの作業の手伝いにあてることが多い。
「私、ここで本を読むつもりですが問題ないですか」
「あるわけねーだろ。主が使う部屋なんだし。押しかけてるのはオレだ……にゃ」
 もごもご言っている間も欠伸がもれる。そっぽを向くように横を向けば、「おやすみなさい」と優しい声で審神者が言った。

 一眠りして、起き上がる。室内には審神者と前田がいて、ふたりともちゃぶ台の前で静かに本を読んでいた。南泉が身動ぎしたことに気付いたらしい前田が本から顔をあげた。
「お目覚めですね。主君、お茶のおかわりを淹れますね。南泉さんもお茶、いかがですか?」
「お菓子もありますよ」
 部屋の隅の棚から、いそいそと審神者が菓子の箱を持ってくる。その間、きびきびとした所作で前田がポットから急須に湯を注ぎ、茶を淹れる。仕事をしていたわけでもないのに、至れり尽くせりでなんだか悪いにゃ、と南泉は思った。
「こちらは数に限りがあるので、みなさんには内緒ですよ。たまにはこんな日があってもいいですよね」
 手渡されたのは金つばだった。数日前に、期間限定肥後国お土産フェアで買ったものらしい。そういえば、詰め合わせのパイのおすそ分けをしてもらったことを思い出す。
 熱すぎず温すぎないちょうどいい温度の茶をすすり、透明な袋の封を開けて、中に入っている金つばにぱくついた。うまかった。

 

2021/10/06
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