全身が黒い筋肉質の人間が、ナイフを片手に物陰からじっと一点を見つめている。
ごくり。息を呑む音とともに、周囲に緊張が走った。事のなりゆきを見守る南泉たちの目の前で、無情にも黒塗りの人間は無防備な女の背後に忍び寄り、ナイフを振り下ろした。絹を裂くような悲鳴。女は一撃で絶命した。
その瞬間、アップテンポなイントロが流れ出す。番組開始時のお決まりの口上が流れ、壁のスクリーンに映し出される映像は不穏な場面から一転、アニメの明るいオープニングに切り替わった。そのタイミングで、南泉はつぶやく。
「……あの黒人間、なかなかやるにゃ……」
「急所を一撃ですからね。今回の犯人も只者ではありませんよ!」
「アリバイトリックを考える回なんですかね?」
南泉の声に一緒にアニメを視聴していた秋田と審神者がわくわくした様子で答える。
今、南泉はこのふたりとともに審神者の執務室でアニメ鑑賞をしている。200年くらい前に流行ったらしい、体は子どもで頭脳は大人な探偵が大活躍する推理アニメだ。
理由は知らないが、秋田はこれを「ぜひ主君と見たい」と思ったらしい。業務終わりなどを見計らって、度々執務室を訪れているようだ。南泉が昼寝のためにこの部屋でごろごろしている間も、足を運んでは主と熱心にスクリーンを見つめていた。
そんなふたりに混ざるようになったのはいつからだっただろう。気づけば昼寝するのも忘れて、一緒になって見入っていた。で、トリックや内容についてあれこれ言い合うのだ。今日は席にいないが、青江や薬研がいると場がカオスになることが多い。
「そういや最近、青江と薬研来ねぇな」
「居間で行われている乱主催の人気不倫ドラマの視聴会に参加しているみたいです。そろそろ刺されるんじゃないかって言ってました」
「……穏やかではありませんね」
不穏なことを笑顔で口にする秋田に、審神者が素直な感想をこぼす。「そんなもん開いてんのかよ」南泉は思わず仲間に呆れたが、自分たちも似たようなものかと少しだけ思い直した。
「刺されたの見届けたら、こちらに来るそうです」
「あっ、刺されるのって決定事項なんですね」
そんなやり取りをしている間にオープニングは終わり、本編に切り替わる。主人公の日常パート、被害者の発見、謎解き……細かなネタを挟みつつ、テンポよく話は進んでいく。
主人公が物陰に隠れ、小道具を使って自分の代わりの探偵役を気絶させ、推理パートに突入する。その場面を目にする度に、よくバレないよなあと南泉は感心してしまう。頭見えてるにゃ。
犯人が逮捕され、お馴染みの警部の短い説教が入り、なんだか物悲しいBGMが流れ、エンディングへ。
しっとりとした曲を耳にしながら、秋田がぽつりとこぼした。
「……犯人、すっごく普通の人でしたね」
絶対刀の遣い手だと思ったんですけど、と残念そうに言う短刀に「そもそもそんなやついなかっただろ」とツッコミを入れる。
「最初に出てきた犯人がすごい筋肉質でしたから、あの大柄な男性が犯人かと思いましたよ」
「だよにゃあ。でも前に婆さんが犯人だったときも、同じような真っ黒人間だった気がするにゃ」
「そうでしたね! すっごい身体能力だなって思いました!」
やいのやいのと喋りながら、ちゃぶ台の上に置かれたマグカップを手にとって茶を飲む。主に茶を淹れさせるなんてどうかとちょっと思うが、やはり彼女の淹れた茶はうまい。
そうこうしていると執務室の入口から声がかかった。
「主、少しいいだろうか」
「はい、今行きます」
声はこの本丸の初期刀のものだった。審神者が席を離れたので、秋田が一時停止ボタンを押した。ちょうどエンディングが終わり、Cパートに入る前だった。
「待っててくださったんですね、ありがとうございます」
審神者はすぐに戻ってきた。初期刀の山姥切国広もいる。布を目深に被った男はこちらを見て少し困惑した様子だったが、「どうぞこちらに」と主に座布団を勧められて、おとなしくその場に着席した。
山姥切国広は菓子を持っていた。栗羊羹だ。おそらく、最近和菓子に凝っている大倶利伽羅が作ったものだろう。この本丸のヤツは菓子作りを趣味としている。案の定「大倶利伽羅が持っていけと言っていた」と初期刀は言った。
「……あんたたちは、何を見ているんだ」
「昔人気だった推理アニメですよ」
審神者が優しい声音で説明する。
「初見でも基本設定さえ知っていれば楽しめますよ」
「今見ている話はあとちょっとで終わりですけど、今日はあと2話見る予定なんです」
秋田が嬉しそうに顔をほころばせる。
「山姥切さんも一緒に見ましょう!」
リモコンのボタンが押され、アニメが再開される。Cパートののん気な様子の登場人物たちに秋田と審神者が笑みをこぼす。
「……こっちの方が平和そうだな」
隣でぼそりと小さく吐かれた声に南泉はもしやと思って尋ねてみた。
「お前、まさか不倫ドラマ視聴会に参加してたのか、にゃ」
「暇なら来いと言われたんだ……」
「……そりゃ大変だったな。まあ面子がいつもの面子だろうから、ある意味楽しそうではあるけどな」
でもこっちがいいなと南泉は思う。なにせこの部屋は空気が良くて日当たり良好、南泉のお気に入りの場所なのだ。
2021/10/21
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コナンを見ている。彼らが視聴している話は実際にある話ではありません。