【おまけ4 非番の日の話】
今日は非番の日だった。山姥切は朝からそわそわしっぱなしだったが、審神者は普段通りに過ごしていた。
朝食を終えると、さっそく審神者に話しかけた。
「主、ちょっといいか」
「なんでしょう」
「……今日、俺は非番だ。だから、その……」
そこで一旦言葉を切り、俯きながら山姥切はやっとのことで一言を絞り出した。
「俺の部屋に来ないか?」
審神者は一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「午後までにやるべきことを終わらせます。それからでもいいですか?」
「……わかった」
山姥切はそれだけ言うと、さっさとその場を離れた。
割り当てられている自室に戻り、審神者を招くための準備を進める。
部屋の掃除をし、布団を干し、畳を隅々まで乾拭きした。審神者の好きな菓子を準備し、茶葉を用意した。
時計を見るともうすぐ正午になろうとしている。そろそろ昼食の時間である。一旦手を止めて、昼食をとりに食堂へ向かおうと思ったとき、部屋の向こう側から控えめな声がかかった。間違えもしない、審神者のものだった。
「一緒に食堂へ行きましょう」
山姥切は、ああ、と短く答えた。そして彼女の手をとり、ふたり並んで廊下を歩く。山姥切の鼓動は少しだけ早くなっていた。
ぽつぽつと話をしながら、厨当番が用意した食事をとる。そうして、昼食を終えて、山姥切は審神者の手を引いて自室へ戻った。ふたりきりの時間を少しでも長く過ごすために。
山姥切は審神者を自室に招き入れると、後ろ手に襖を閉めた。これで邪魔が入ることはない。
「山姥切くん、どうしたんですか? なんだか様子が変ですよ」
心配そうな顔をする審神者の体を引き寄せると、山姥切はそのままぎゅっと抱きしめる。
「やはり、あんたが足りない」
「私だって足りませんよ」
「もっとくっついてくれ」
「はい。こうですか?」
山姥切は審神者をさらに強く抱きしめる。まるで隙間などないようにぴったりとくっつく。やわらかな温もりを感じながら、山姥切は満足げに息をつく。だがまだ足りない。もっともっと、と欲張りになる己を抑えられない。
「山姥切くん」
審神者が優しく名前を呼ぶ。山姥切の腕の中から見上げるようにして、彼女の手が顔に触れた。
「今日はこれから何をしましょうね? あなたがいろいろ準備してくださったことはわかりました」
「……気づいていたのか」
山姥切は決まり悪そうに呟いた。
「もちろん。とても嬉しいです、ありがとうございます」
「……それならよかった」
照れくさくて目を逸らしながら答えると、審神者はくすりと笑みをこぼす。その表情も可愛らしいと思いながら、山姥切は彼女の額に口づけを落とした。
「ふふ、くすぐったいです」
「嫌だったか?」
「いいえ」
そうか、と山姥切は小さく呟いて、再びゆっくりと瞼を閉じる。そのまましばらく待っていると、頬にやわらかな感触があった。彼女の唇だと気づくのに大した時間はかからない。胸の奥底から湧き上がる幸福感で満たされていくのを感じる。だが欲を言えば、少し物足りないと思う。
山姥切はそっと目を開けると、じっと審神者を見つめた。彼女は恥ずかしそうに視線を落とす。その仕草もまた愛おしく思う。
「主、もう一度してくれないか?」
「……わかりました」
審神者は恥ずかしそうにしてわずかに躊躇う様子を見せたが、やがて覚悟を決めたように山姥切の肩に手を置いて軽く身を乗り出した。そしてそっと触れるだけのキスをする。そんな彼女の腰を抱き寄せて、山姥切は自分からも口づけた。先ほどよりも長く、深く。審神者が拒むことはなかった。互いの気持ちを確かめ合うような熱い口づけを交わして、ようやく唇を離した。
「ん……」
甘い吐息を漏らした審神者を見て、山姥切は自分の体温が上がるのを感じた。鼓動は早鐘を打ち、全身の血流が勢いを増したようだ。しかし、それは審神者も一緒のようだった。密着しているせいか、彼女の速い鼓動がよくわかる。山姥切はいつかの夜を思い出した。
「山姥切くんの心臓の音、すごく速いですね」
胸元に耳を寄せるようにして、審神者が囁く。山姥切の鼓動はさらに速くなった。
「……あんたのも同じだろう」
「そうかもしれませんね」
「もっと聞かせてくれ」
山姥切はそう言って、審神者の胸に手を這わせる。服の上からでもその柔らかさがはっきりとわかった。手のひらに伝わる心地よい弾力に、山姥切は思わずごくりと喉を鳴らす。
「っ……山姥切くん……」
恥ずかしそうに身を捩る彼女に構わず、手を動かした。少し力を込めるだけで形が変わる膨らみはひどく柔らかい。
「あ、あの、山姥切くん。待ってください」
「なぜだ?」
「まだ外は明るいですよ。それに……わざわざ用意してくれたのに、お菓子、食べなくていいんですか?」
審神者の視線が申し訳程度に部屋に置かれた机の上に向けられる。そこには盆に乗せられた菓子と湯飲みが置かれていた。部屋に来た審神者をもてなすために山姥切が用意したものだ。あとは急須に湯を注ぎ、茶を淹れれば準備完了というところまで整っているが、そんなことよりも今は目の前にある彼女の方がずっと大切だった。
「また後でいい。……あんたは俺がこんなに我慢しているというのに、呑気なものだな」
机上の盆を彼女の視界から遠ざけるように乱暴に奥へ押しやると、山姥切は審神者を畳の上へと横倒しにした。その上に覆い被さって、顔を寄せる。
「……誰かが訪ねてくるかもしれませんよ」
「誰も来ないさ」
審神者の言葉に間髪を入れず答えると、山姥切は噛みつくように口づけた。
「んぅ……」
わずかに開いた隙間から舌を差し入れると、彼女の舌先が遠慮がちに触れてきた。山姥切はそのまま絡め取るようにして自分のものを押しつける。徐々に激しくなる口づけに、審神者は苦しそうに眉根を寄せている。それでも山姥切はやめなかった。息継ぎのために一度唇を離すと、彼女の口の端から唾液が流れ落ちていった。それを指先で拭いながら、山姥切は彼女の首筋に顔を埋める。
「や、山姥切くん……お話は、しないんですか?」
「それも後にする」
そう口にしながら審神者の服を順番に脱がしていくと、自分も乱雑に服を脱ぎ捨てた。せっかく干したのだから、布団を敷いておくべきだった。山姥切は頭の片隅で考えたが、すぐにどうでもよくなった。
一頻り肌を重ね合わせた後、山姥切は審神者の隣に寝転んで、その体を抱きしめていた。互いの素肌が吸いつくように密着している感触はとても心地よいものだった。だが、その穏やかな時間はあっという間に過ぎ去っていく。やがて彼女は身じろぎをしてそっと目を開けた。
「いい加減、起きないといけませんね」
「もう少しこのままでは駄目か?」
名残惜しそうな表情を浮かべながら、山姥切は審神者を抱く腕の力を少しだけ強めた。審神者は何も言わずに山姥切の頭を撫でる。労るような優しい手つきが心地よく、山姥切はゆっくりと目を閉じた。
「……あんたの手は気持ちがいいな」
そのまま眠ってしまいそうになるほど温かな手に身を委ねていたが、やがて山姥切はぱちりと目を開けて体を起こした。審神者も続いて上半身を起こす。
「すまない……ありがとう。もう十分だ」
「はい」
審神者は微笑みながら続けた。
「今日は山姥切くんをたくさん補給できましたよ」
「そうか」
嬉しそうに笑う審神者につられて、山姥切も思わず笑みをこぼす。
「俺もあんたを補充できたぞ」
本当はまだまだ足りないけれど、とそっと心の中で付け足して、山姥切は審神者の額に優しく口づけを落とした。